高橋伴明監督作 『BOX 袴田事件 命とは』

d0109373_0243224.jpg昭和41年、放火された静岡県清水市の味噌工場から一家4人の刺殺された焼死体が発見される。物証も少ないまま、元プロボクサーで工場の従業員・袴田巌が容疑者として逮捕されるが、かたくなに犯行を否認していた。だが拘留期限3日前に一転自白し、巌は起訴される。熊本典道が主任判事として裁判を担当することになるが、巌は第1回公判で起訴事実を全面否認し、以後一貫して無実を主張する。自白の信憑性を疑った典道は、供述調書を調べ始める。


地元では1日にたった2回の上映。それでも同県内の事件でなければ上映さえ危うい地味な作品です。
以前このような冤罪を叫び再審請求されている事件を扱ったものばかり読んでいた時期がありましたので、興味がありました。
ただこうゆう実際の事件を映画化される時の問題は、どこに視点を置いて描かれているかで。
焦点の置き方によっては、この事件を知らなかった観客に、問題点が見え難くなるのでは、という危惧がいつも私の中に在ります。
有罪か無罪かを観客に委ねる、グレーな部分を持たせた映画なのか。
冤罪を訴える映画なのか。
高橋監督がインタビューで「冤罪だと思う」と発言している以上、いかに当時の捜査が杜撰でねつ造にまみれていたか、裁判官がいかに人を、冷静ではなく冷徹さを持って裁いたかを突き付けてくるだろうと予測(期待)していました。
映画は、熊本と袴田というふたりの男の出生から始まります。
違う道を歩んで行くふたりが、偶然列車内で隣り合わせ同じ駅で降りるという演出をしています。
ラストも熊本が袴田の幻影と共に走って行くというシーンで締めくくられます。
つまり、不本意ながら裁かざるをえなかった男と人生をめちゃくちゃにされた男ふたりの苦悩が主題。

自白を強要した取り調べの残忍さは長々と描かれましたが、それ以上の分量で状況証拠のデタラメさをもっと丹念に描いて欲しかった。
たとえば、木戸の鍵の問題とか。
ただ、袴田が犯行を犯したと仮定しての事件当夜の再現場面は矛盾だらけに作られています。犯行時刻は午前1時を過ぎていたのに奥さんはエプロン姿、二女はセーラー服、長男も制服。母親が子供たちを守るどころかさらに奥の部屋に逃げ込んでいるとか。返り血を浴びて洗ったパジャマを濡れたまま着て、消火活動に参加した時はもう乾いているとか。
いかにいい加減な供述調書が取られたかをここで実証させているようです。
ただちょっと殺害の演出が雑でした。というか奥さん役のひとが、雑。

袴田役の新井浩文さんは挫折した男の無気力さが巧く、顔立ちも‘昭和’で適役。
熊本役の萩原聖人さんはいつもながら表情が乏しいのですが、あの優しい声で救われています。誠実で、苦悩する男に似合った声です。
葉月里緒菜さんが出演しているのは知りませんでした。美しいし巧い人なのにそれを活かす機会が少なくて残念な女優さんです。


熊本判事のセリフに「我々も同時に裁かれている」とあります。
最後に裁判員裁判としてもしあなたが審理するなら?と問いて結ばれますが、裁判員裁判制度が導入された今に向けて改めて、冤罪事件の再検証や再映画化がもっと増えてもいいと思います。

by august22moon | 2010-08-11 00:31 | 映画 | Comments(0)