佐々木望著 『カルガンの星の歌』

以前、子供の頃読んだ『クレビックは元気かい?』が時折ふいに思い出されて、改めて読みたくなり図書館で借りてきた事を書きました(こちら)が、これについては多くのアクセスを頂きました。
懐かしく思い出したというコメントも頂き、同じ思いをされている方々もいらっしゃると知り、たいへん嬉しくなりました。

小学校の国語の教科書(学校図書版)で出会った作品も時折思い出されたのですが、タイトルか作家名を記憶していれば探しようもありますが、どれもおおまかなストーリーくらいしか記憶になかったり、ただ一行の文だけが強く印象に残っている程度で、検索しようがありませんでした。
探してゆく中で、同じように小学校の教科書で出会った名作を懐かしく思い出されている方が多いことを知りました。
私が最も記憶に残ってまた読みたいと思っていた作品は、確か天山山脈を望む地方が舞台となっていて主人公の男性が星空を眺めて、星を様々な色で表現していたのです。星は白くしか見えなかった私は、星に色がついて見えるの?と不思議に思いながら、なんてきれいな文章だろうとうっとり読んだのでした。
そのうち背後で物音がして、翌朝になって家畜小屋が狼に襲われたのを知り、あの物音は狼だったのかと戦慄する場面も記憶にありました。
この記憶の中の単語を様々に組み合わせては検索していましたが、どうしても見つけることができず諦めていました。
でも、11月に箱根で満天の星空を見た時、やはりその小説の中の星空が思い出されて。
やっぱり正確な文章が読みたいと思い、根気よく探し直してみました。
すると、遂に同じと思われる作品について書いてらっしゃる方を発見!
題名も覚えてらっしゃる!

ようやく同じ思い出を持ってらっしゃるブロガーさんと出会えました。
その方がお調べになったところによると、都内の教科書図書館(というのが在るとは知りませんでした)で閲覧できるとか。

思えばブログを始めるずっと前から気になっていたけれど記憶が微かなために調べる術もなかったことが、ネットが使えるようになって家に居ながらにして暇を見つけては調べられるようになり、そして遂に昔の微かな記憶をはっきり形にして手に取ることができたのです。
読んだ時、正直こんなに感動するとは思いませんでした。
薄れていた記憶が次々甦ってきました。
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【それぞれのシリウス】

お話しは「この物語は、かつてわたしが青年のころ、中国の友人チャン君に招かれて、モンゴルを旅した時の話しです。」・・・と、始まります。
幼友達を訪ねたのはモンゴルのカルガンという町。
主人公の青年が、土壁の上に座って満天の星を眺めています。
季節は春。「せめて、あのさそり座の赤い目玉のアンタレスの星が出てくるまで。」と寒さを堪えて「北から西に流れて」いる銀河を眺めています。

「ただれたように赤い色のペテルギウス、オレンジ色のポルックスと白いカルトスの兄弟星、純白のプロキオン、クリーム色のカペラなどが、色とりどりに銀河のふちをかざり・・・」

小学生で初めて読んだ時に、なんて美しい星空だろうと印象的だったのはこの部分でした。
オリオンの右肩のペテルギウス。双子座のそれぞれの頭のポルックスとカルトス。
こいぬ座のプロキオン。ぎょしゃ座のカペラ。
そう、赤い星を見る度に、あの頃は星は全部白くしか見えないと思っていたけど小学校の教科書で白だけじゃないと知ったんだと思い出していたのでした。
読んでみて蘇ってきました。

それから「それらをひき従えて、
天狼星といわれるあの大犬座のシリウスが、全天第一の強い光を放ちながら、
今陰山(いんざん)山脈のかなたにしずもうとしていました。」と続くのですが・・・。

シリウスの中国語名・天狼星って、ずっと後になって知ったのかと思ってました。小学生の時に教科書で見ていたとは。
ちゃんと勉強してない証拠(苦笑)
しかも、「陰山山脈」とは、完全に勘違いしていました。
ずーっと天山山脈だとばかり思っていました。天山だから新疆ウイグル地区かキルギスあたりが舞台かな?と検索していたんです。見つかるわけないですね。

地図で調べてみましたら、カルガンという町はモンゴルと言っても内モンゴル自治区に在るんですね。
だから中国人の友だちなのにモンゴルなのですね。
青で囲んだカルガンというのは蒙古語名で、中国語ではチャンチャコウ(張家口)。
左上の山脈が陰山(インシャン)山脈。
先のブロガーさんは「土へきとは万里の長城のことです」と教えられたのを記憶されていましたが(凄い!)、確かに長城が通っていますね。
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さて青年は、闇の中の何者かの気配に一端は戦慄するのですが、流星を見たための目の錯覚だろうと思うように努め、遂に「待ちかねたアンタレスが」「山の切れめに、あの赤い目玉を光らせ始め」「なつかしい真紅のその色は、私の胸の中に、ほのぼのと暖かい火をともしてくれるようでした。」と念願を果たし部屋に戻ります。
翌朝チャン青年から、おもてなし用の羊が狼に襲われてしまったと起されます。
昨晩、「もし星がはなしかけることができたら・・・」、星は全てを見ていたろうなと述懐します。
チャン青年や、その友人のワン青年は残念がりながらも「おおかみ先生に進上しちゃったよ」、羊はいくらでも在るからと大らか。

翌日青年は、仕事で奥地へ行くワン青年に付いてモンゴルの草原を堪能します。
この草原の風景描写が短い文ながら、どこまでも広がる長閑な大草原が思い浮かぶようでした。
星空にしても大地にしても、児童向けだからかでしょうが、反ってその端的さが潔く感じられて、清々しく気持ちのよい文脈です。
草原の果てにラマ僧の朽ちかけた寺院が現れます。
そこで、忘れ去られたように埃まみれの小さな仏像を見つけてスケッチをするのですが、「いたずら小僧が」「次のいたずらを考えているよう」な楽しいお顔に惹かれ盗んでしまおうかと誘惑にかられます。
捨てられたも同然なのだから価値の分かる者が持っていたほうが良いだろう。
仏像までが「早く連れて帰ってくれ」と囁きかけている気がしてしまう。
葛藤のさなかに過ったのは、あの夜の狼。「まもののようにしのびこんだ」あの獣のこと。
一瞬で罪を恥じ入り、「お目にかかれただけでも、モンゴルのおく地まで来たかいがありました。あなたをぬすみ出そうとしたことは、罪深い迷いでした。」と、その場を急いで立ち去ります。

旅人の愚行を詫びるつもりでチャン青年に打ち明けると、チャン青年は子供の頃自分にも似たような迷いがあったと打ち明けます。
それは幼い日に誰にでも起こる悪戯心。遊んだ後に友だち(青年)が忘れて帰ったガラス玉をそのまま自分のものにしてしまおう、帰国話もあったことからそのまま持って行ってしまえば分からない。
しかし、それをやはり返そうと思い直させたのは、どんなにこれを友だちが大事にしていたかということ。
「動物の好きなぼくは、自分のに、黒いのはインド象の目、赤いのはアンゴラうさぎの目などと動物の名をつけていたし、星の好きなあなたは、シリウスとかデネブとかレグルスとかよんでいた。」
「中でもぼくがいちばんだいじにしていたのは、茶色の黒いぶちのジャガーの目だったし、あなたのは、青と白のうず巻きになっているシリウスだった。」
翌朝、そんな自分の迷いなどまったく考えもしなかったように受け取った友だちの姿に、
「あなたは、まるで自分自身のように、ぼくを信頼していてくれたんだ。」と、危うく友だちの信頼を裏切るところだったことを痛感し、二度と曲がったことはしない決心をし、星を仰ぐ度にそのときのことを今でも思い出すのだと打ち明けます。

青年はチャンが子供らしい正義感が生んだ決心を今も持ち続けている純粋さに、
チャンは青年があの日と変わらぬ心のきれいな大人であることに、
「二人が心のおくのいちばん深いところで
しっかり結びあっていることを、しみじみと知ったのでした。」

南へと走る列車に乗った青年の心に、数々の思い出が、流れ星のように流れては消えてゆくのでした。
カルガンと日本。遠く離れてはいてもふたりの上には同じシリウスが輝いているのです。

子供の頃の小さな過ちは、年月を経ても大きな傷となって残っているものであることを、おとなになってからふとしたことで気付かされます。
小さな悪戯。些細な嘘。
子供の残酷さは時におとなを震撼させますが、同じようにあるいは逆に、子供の正義感は忘れていたものを省みさせる大いなる力があります。
忘れないでそのままでいることは恥ずかしいことではないのです。

子供の時に学んだことは必ず血となり肉となっています。
その場所は普段は気付かないけれど、ある日突然気づくのです。
あの日の自分に恥ずかしくない自分でいるだろうか。
あの頃見上げたおとなに私はなっているだろうか。
子供の頃読んだ本を手に取る度に湧き上がってきます。

思い出したくない過去もあるけれど
懐かしむ気持ちというものは
浄化フィルターのようです。

今回巡り合えたブロガーさんが書籍として残っていない今作を採り上げてくださらなかったら・・・。
大袈裟ではなく巡り合えなかったでしょう。

心より御礼申し上げます。
ほんとうにありがとうございました。


本・読書
Commented by happanappamama at 2011-01-27 10:43
そんなにも堪能していただけて、私もとても嬉しいです。

子どものときに出会って、それとは気付かずに、でも自分の血となり肉となっているものって、たくさんありますよね。

私にとっては、国語の教科書もそのひとつで
未だに、何かの折にハッとして思い出す物語やエッセイがあります。
教科書で出会わなければ、多分触れることはなかったかもしれない漢詩も、今になって「ああ、こんなに気持ちに沁みていたんだな」と
思わされることがあったり。

『カルガン~』の中では、仏様のエピソードはすっかり忘れていましたが、再会してみて、あらためて記憶の底から蘇ってきました。

ときどき、教科書図書館に足を運んでいます。
調べて欲しいものがあれば、是非言ってくださいね!
私も楽しみにお手伝いしますから。
Commented by august22moon at 2011-01-27 23:07
happa様、こんばんは。
そうなんですよね、子供の頃に学んだものは永遠なんですね。
絶対に、‘無’にはなっていませんよね。
まじめに授業を聴いていたか怪しい私でも少しは残っているらしいです。(苦笑)
そうそう、上の欄外に新しく学ぶ漢字が書き出されているのも懐かしかったです。


素晴らしい経験をさせて頂きました。


お心遣いほんとうにありがとうございます。
また何かありましたら、お言葉に甘えさせて頂きますね。
Commented by cotta at 2012-03-25 15:25 x
はじめまして、cottaと申します。やっと探し当てることができました。近々、教科書図書館に足を運びたいと思っています。作者も題名も忘れてしまっていたこの物語を、もう一度読むことができるなんて本当に感激です。ありがとうございました。
Commented by august22moon at 2012-03-25 16:39
cotta様はじめまして。
cotta様もこの作品を探してらしたんですね。
同じ思いをされていた方がいらしてすっごく嬉しいです。
私も探しに探して遂にこの作品の題名と作者をご記憶のかたのブログを見つけた時は大感激でした。
記憶していた部分以外も通して読んでみて、こんなに心洗われる爽やかないい作品だったのかと感動を新たにしました。
書籍で残っていないのが大変残念です。

因みに学校図書70年代前半の小学6年国語(下)の教科書です。

コメントほんとうにありがとうございました。
Commented by 薔薇と天使 at 2012-08-03 21:21 x
初めまして。私もこの作品を、小学校の時の教科書で読み、大人になっても忘れる事が出来ず、ネットで探しまくりました。本としては手に入れる事ができないと知り、学校図書館で見れると知り、いつか行ってみようと思っていました。夏の夜にも、冬の夜にも思い出す、あの美しい星空の描写。 狼、仏像、ラマ僧、このキーワードも、楽しかった小学校の日々や、あの頃に、将来を思い描いた自分も同時に思い出します。子供の頃に学んだ事は必ず血となり肉になっています。という言葉に、とても胸が熱くなり、涙が溢れてきました。私も子供に、沢山の事を学んでほしいと思います。今日は偶然、カルガンの星の歌でまた検索して見て、こちらに出会い、とても嬉しいです。また遊びに来ます。
Commented by august22moon at 2012-08-04 03:06
「薔薇と天使」様、コメントどうもありがとうございます。
過分なお言葉、大変光栄です。心より御礼申し上げます。

私もこの小説の詳細を知ることができた切っ掛けのブロガーさんの記憶力の素晴らしさに驚いたのですが、薔薇と天使様も詳しくご記憶でらっしゃる!
私ったら、星空のところ以外はかなり怪しくてお恥ずかしいです。
ちゃんと授業を聞いてなかった証拠だと、今更ながら反省しておりました。

「将来を思い描いた自分」のことを思い出すことは、とても大切なことですね。
お子さんに「沢山の事を学んでほしい」のお言葉、なんて素敵なんでしょう。
自分の親もそう願っていたんだろうなと、思い巡らせました。

ご訪問くださって、ほんとうに嬉しいです。ありがとうございました。
これからも宜しくお願いいたします。
Commented by 薔薇と天使 at 2012-08-04 21:27 x
こんばんは。またまたお邪魔しております。ブログ拝見させていただきました。とても素敵に人生を過ごされていらっしゃいますね♪
いえいえ、私の記憶は、最後のガラス玉のくだりは全く忘れていました。そうだったのかあ~、と感激ひとしおです♪初めて読んだ時、私にとっても小さな仏像がとても魅力的で、作者が盗もうかどうしようかと葛藤する所など、こんな大人でも、そんな風に思うのかと、子供の頃、すごく不思議に思ったのと同時に、私もその場所に行って、仏像も見てみたかったし、狼の現れ方なんかも怖くてドキドキして、小学校のあの頃に戻れたら。。。とすら思います。。。
後、august22moonさんなら、きっと同じ気持ちになるのではと思う、私の好きな本がありまして。。。遙かなヨーロッパ (1977年) 柴田 俊治 (著) という、古い本なんですが、読まれた事ありますか?中古本としてでしか手に入らないと思います。もし、機会がありましたら、一度ご覧頂けたらと思います。これまた、高校生の時に地理の先生から薦められた本の中の一冊です。カルガンの星の歌とはまた違った味わいですが、カルガンの星の歌の如く、年月を重ねる度にふと思い出す素敵な本です。ではまた遊びに来ます♪
Commented by august22moon at 2012-08-05 04:32
薔薇と天使様、こんばんは。ありがとうございます。
そうなんです、狼の場面は恐いですよね。
無暗に煽るような表現をせず、想像させる面白さがありますよね。

仏像も、一目で魅せられる「いたずら小僧」みたいな表情の仏様ってどんなお顔なのか確かに見てみたくなりますよね。
分かります分かります!

「遥かなるヨーロッパ」という書籍は存じませんでした。
地理の先生が推薦して下さるっていいですね。
最近では各担当の先生から夏の推薦図書が出されるようですね。
より幅広いジャンルの本に出会える良い切っ掛けなのに、私の学生当時はそうゆうことがなくて。

薔薇と天使様からの「夏の推薦図書」。
探してぜひ読んでみますね。
by august22moon | 2011-01-26 14:41 | 読書 | Comments(8)