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by august22

円地文子著 『食卓のない家』 新潮文庫

d0109373_21182883.jpg【あらすじ】電機メーカーに研究員として勤務する鬼童子信之は、妻と3人の子どもを持つ平凡な男であった。長男の乙彦は優秀であったが、進学した大学で、学生運動に熱中する。やがてセクトのリーダーとなった乙彦は、八ヶ岳の山荘で人質・籠城事件を起こして警察に逮捕されてしまう。逮捕の後、セクト内では同志殺人を起こっていたこと判明し、逮捕された学生たちでけでなく、その親たちにも世間の非難が集中した。彼らの中には退職したり、ついには自殺に追い込まれるものも出た。しかし、信之は「成人となった子どもの責任を負う理由はない」という姿勢を貫き、頑なに乙彦との面会を拒否し、謝罪も行わないことを明言した。そうした態度により信之はさらに激しい批判を受けることになるが…。(Wikiより)








絶版だったために古書店をあちこち探してようやく映画化表紙の第六版を入手しました。
映画化キャストは、父親信之役・仲代達矢氏、母親由美子役・小川真由美さん、川辺弁護士役・平幹二朗氏、喜和役・岩下志麻さん、乙彦役・中井貴一氏、その恋人役に大竹しのぶさん、香苗訳・真野あずささん、その兄役に隆大介さんと超豪華。
スピンが動かされた気配がないようだったり、帯が背側だけ焼けて色落ちがあったりという状態で、どうも所謂‘書タレ’品だったようです。

傾向的にも興味をそそられる内容はなかったので著者の作品は今回初めて読みました。
それでも読んでみたかったのは政治思想(新左翼)に傾倒した家族を持つ家庭の崩壊というテーマを扱った数少ない小説のひとつであったからです。
気になっていた通り主人公鬼童子(きどうじ)信之の女性との情愛が多くを占めていて、家族崩壊の切っ掛けである長男の問題は、崩壊してゆく家族の問題のひとつとして書かれています。

長男(乙彦)は拘留中で長女(珠江)は結婚し海外へ住み、母親(信之の妻由美子)も精神を崩した挙句に自殺と、一人減りまた一人減って明るい声も響くことのなくなってしまった家の寂しさを憂いた喜和(由美子の姉)に、信之の友人でもある弁護士の川辺が『アンナ・カレーニナ』の冒頭「幸福な家庭は一様に幸福であるが、不幸な家庭はさまざまに不幸である」を挙げて、
しかしあれは昔のことで「食卓の団欒が一番幸福だなんて家は、今の日本では珍しい」
「幸福な家庭というのはつまりは極楽でしょう。極楽みたいな家庭なんて、現代にはありませんよ」と慰めのように吐きます。
弁護士として多くの家庭を見てきた者だからこその達観でしょう。

それが暗示であったように、兄の事件にも母の自殺にすら冷めた風で家族団欒になど元から無関心であった次男の修が父に、甲斐甲斐しく夕飯の世話などしてあげたりし始めて、そこに新しい家庭が出来てゆきます。
やがて信之に思いを寄せていた若い女性・香苗の兄との親交が始まり、長男の事件以来訪う人もなかった家に明るさが戻ってきます。

この辺り、私は個人的に大いに感じるところがありました。
父が亡くなり母も亡くなって、叔父がふと「この家も寂しくなったな」と漏らしたことがありました。また6人家族の友人の5歳の子供が「Oちゃんちは何人家族?」と無邪気に尋ねるなど子供にすら感じるところがあったようでした。
母の真似をして箸を洗って漱ぐ時に両手で擦り合わせていると、4人分と2人分では擦れる音が違くて、別のところで家族が減った現実を新たにしましたが、そうゆうことは傍から見ればさぞ寂しげに見えるものでしょう。

妻を失った信之が義理の姉(亡妻の姉)と知人大学教授の生徒である若い女性との間で心が揺れ動き、そのあたりが長くて(笑)最後にようやく乙彦の問題が出てきます。
乙彦は連合赤軍がモデルの赤星軍という過激派に属して、山岳ベースでのリンチ殺人事件にも間接的に関わって、72年に起きたあさま山荘事件をモデルにした八ヶ岳山荘の立て篭もり事件で逮捕され公判を待っているところを、ハイジャック犯の人質と交換要求による超法規的措置で釈放され再びメンバーと行動を共にするべく海外へ旅立ってゆきます。
山荘で説得することも拘留中接見に行くことも無く「縁を切った」状態の長男の動向を臨時ニュースで見ながら、せめて国内で罪を償って欲しかったと遺憾に感じる父。
それでも、次男が(なんと)兄が護送される飛行機が見送れる場所を前もって調べておいたと聞き、共に機影を見送りに行きます。
心は離れても抗えない血の繋がり(長兄だけが受け継ぐ夢魔を見る遺伝)を知った父の、せめてもの愛情が現れた切ない場面です。

この乙彦が関係を持っていた女性(みよ子)の行方がようやく判明して、信之は訪ねて行きます。
そこは、従業員たちが家族のように生活している牧場で、父親を語らぬ母子も楽しく暮らしていることを知って信之は安堵します。
自分の孫にあたる男の子に近づいて行き名前を尋ね、そこに息子の名前の一字があるのを知った時の感慨は想像に難くありません。
新しい家族が芽生える瞬間が描かれたラストはとても美しい場面でした。

人間の生々しい性(さが)や不可解な質が突然に現れるところなどはさすが「女性のなかにひそむ凄まじい妄執」を描いて来た熟練の筆です。
母・由美子は厚生省で働く姉の喜和と違って生来の弱さがあり、長男の事件による精神的疲労から通りすがりの老婆の愚痴にも揺り動かされてしまいます。自殺の仕方もまるで嫉妬からくる復讐の念でゾッとさせる衝撃がありました。
軽やかに生きている風情の若い女(香苗)も、信之への恋情を断ち切ったようでいて、兄に自画像を託し、隠された深い情念を見せてどきりとさせます。

期待とは違った展開でしたが堪能しました。



d0109373_37247.jpg午後に激しいにわか雨があり、
涼しい宵になりました。

by august22moon | 2011-07-01 20:23 | 読書 | Comments(0)