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倉本聰著 『さよならお竜さん』 理論社

倉本聰著 『さよならお竜さん』 理論社_d0109373_2235432.jpgシナリオコレクションシリーズです。
全巻持っていたんですが、『6羽のかもめ』同様これも処分しちゃったかな?
図書館で他界した北杜夫氏の『楡家の人々』を探したんですが貸し出し中のようで、代わりになんとなくパラパラ読んでみて、もう一度読みたくなってそのまま借りてきました。

岩下志麻さんが主役のお竜さんこと伊藤純子を演じました。
80年に放映されて、記憶は微かにしかありませんが、事故死した同僚の部屋に入ったお竜さんが、少し開いた三面鏡の間からなにか赤い文字が覗き、開いて見ると鏡いっぱいに口紅で書きなぐられた無数の「さよなら」の文字に自殺を確信し愕然とする場面があります。
ひとことじゃないところが哀しい。
少し開いた鏡の赤い文字越しに驚愕する顔が写っているのが、特に記憶に残っています。
この女性の脆い一面を描いたくだりは、改めて読んでも本当に切なくなる場面です。

お竜さんは38歳独身で大手総合商社の秘書室課長補佐。
その有能ぶりから役員たちからは一目置かれているんですね。
役員たちは仕事以外の趣味のゴルフの手配から女性問題まで彼女に頼りっきり。
それは彼女が口が堅いからで、故に「口なしのお竜」と呼ばれている。
名前が『緋牡丹お竜』の藤純子と同じだから。
おちゃめな一面もあって社内の恋愛事情に目の色変えて、その仲を邪魔したりするんで影では「潰しのお竜」なんて揶揄されたりもしている。
私生活では人妻を装って一人旅するんですが、これが可笑しいんです。
後から主人が来るとチェックインして、外出先から秘書を騙ってフロントに電話してご主人急用でそちらに行けなくなったと電話するという巧妙な一人芝居して、人妻の息抜き一人旅を演じるんですね。
これ、80年代という時代性でしょうが、38歳なのにかなり高齢みたいに書かれています。
バーで若い男が近づいてきて期待してたら「スカーフ落ちてるで、おばはん」なんて言われちゃったり。
社内でも20代の女性社員との間に軋轢が生じて我を忘れては自己嫌悪に陥ったり。

決して単純ではない人間の複雑で愚かで哀れで可愛いところが描かれています。
ト書きもいつもながら楽しいです。
BGMでは、「音楽・・・急激に盛り上がって砕ける」「・・・圧倒的に忍びこむ」。
表情では、「うなづきつつ聞いている純子の自己嫌悪」「純子の凍結」。
井村からの電話に出た純子のようすを「しあわせであります」。
太秦の撮影所見物場面では「スターさん、撮影をやってはる」なんてのもあります。

折しも社内には汚職問題が持ち上がっていて、海外支店の専務は横領の責任を負わされ自殺をはかり社内は揺れ動いていたところ、旅先で出会った男と親しくなるんですが、じつはこの男が・・・という展開。
この男も狡猾なだけでなく哀しい事情を抱えているんですが、この井村洋平という男を緒形拳さんが演じています。

陸軍中野学校に居たという噂もさもありなんの胆の据わった小泉秘書室長役を池部良さん。
これがたいへん魅力的な人物に描かれていて、お竜さんも上司として以上に信頼を寄せています。
他が保身と出世欲だけの腹黒い人物ばかりなので一層感じるのですね。

腐敗した組織やそれらの犠牲となる人々や悩み苦しむ人々の、心の機微が端的な台詞の中に表現されています。
揺れ、惑い、最後は毅然と生きることを選んだ一人の女性の美しい姿を描いて流石の面白さです。


倉本聰著 『さよならお竜さん』 理論社_d0109373_1564612.jpg

by august22moon | 2011-10-27 22:59 | 読書 | Comments(0)

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