出会った本、映画の感想。日々のこと。

by august22

石井裕也監督作 『バンクーバーの朝日』

ご家族連れで映画館のロビーは大賑わいでした。
チケットカウンターの行列で、ふと振り向くとベビーカーに乗った5-6ヶ月の赤ちゃんがビスケットを食べる手を止めて私をじーっと見つめておいででした。
ちょっと怪訝な目元になってるぞこれはまずい。映画見る直前に泣かれたらまずいと、慌てて前に向き直るのでした。
チケット購入後、再び目が合ってしまうと、赤ちゃんはまだ私をじーっと見つめてらっしゃるので、小走りに立ち去るのでありました。

d0109373_13272.jpgそんなこんなで、今年最後の映画は『バンクーバーの朝日』です。
移民の子として差別された辛い日々に野球があったという感動的な史実をもとにしたお話しですが、野球の持つドラマ性もあって、とてもいい作品でした。
最後のヒットも事実なのでしょうか。ホームランやライナー性のヒットでないとこがお話しを甘くさせずよかったです。

予告編や紹介番組で見た池松壮亮くんが素晴らしい表情を見せていたので期待していましたが、繊細で雄弁な表情を見せてくれました。
ベルボーイとしてきびきびと笑顔で働いている様子。(ケピ帽姿がかわいい!)
宿泊客の荷物を運ぶのを手伝おうとして「汚い、触らないで」と拒絶された後の寂しさと虚しさを堪えた表情。
頭にグローブを乗せてシューズの紐を結びながら、野球ができることが嬉しくて嬉しくてというような笑顔。
立ち見の観客の中に飛び込んでキャッチしたボールを掴んで、周りに讃えられながら必死の表情のまま戻ってくる時なんて、もう秀逸です。
役柄自体はそう大きいものでないのが勿体ないのですが、台詞の無い時の表情は見逃せませんでした。
ほんとうに巧い。
日本へ渡って徴兵され、出陣式のニュース映像で偶然映ったヘルメット越しの眼の哀しさたるや・・・

亀梨和也さんは俳優としてとてもいい資質を持っていると思っているのですが、映画は初めて。
歌はほとんど知らないのですが、暗く寂しげな声の特にモノローグは絶品で好きです。
今作にはなくて残念。
孤高のピッチャーらしい、あの凍てついたような鋭い目がこの役に合っていました。
危険球についに怒りを爆発させたがために、リーグ戦に出場できなくなった時は、うつむいて座る背中と横顔だけだったのがよかったです。
この青年の絶望や悲しみの表情はいつも正面からはっきり映していません。
リーグに復帰できることになっても、病床の母の世話や過酷な漁師の仕事の中、唯一の生きがいを奪われ折れてしまった心を立て直せなくなってしまう。
網を直しながら「気持ちが続かない」の言葉は胸に刺さりました。
再びマウンドに立つ決意を表明した帰路、街灯の光も届かぬ塀に向かったまま表情は見せず。
堪えなくてはならないものの多さ重さに遂に感情が溢れて涙する、その溜息のような息づかいだけを聞かせ続けた場面は素晴らしかったです。
この青年はきっと、人前では辛い顔も見せず泣きごとなど言ったことなどないのだろうと思わせました。
ここで生まれ育ったのに住民からも政府からも異分子と蔑まれ、それに堪えるしかなかった人々の辛苦が凝縮された場面でした。

野球をしている時しか笑顔のない彼ら。
初勝利を挙げたのがまだ信じられず、みな呆然とベンチに戻ってくる姿。
朝日チームの快進撃に、だんだん夢中になるスコアボード係のふたりの変化。
日本人だからと奨学金を撤回された無念の妹が兄のチームへ託して贈る「Take me out to the bollgame」。
今生の別れになるであろうと分かっていて「また一緒に野球しよう」と言う前の一瞬の逡巡。
ひとびとの表情が心に残る作品でした。

ラストに、朝日チームに所属していた方を登場させていますが、遠くを見つめる穏やかな表情がとてもよかったです。
艱難辛苦の日々。そこに野球があってよかった。


映画
by august22moon | 2014-12-30 22:44 | 映画 | Comments(0)