吉田大八監督作 『紙の月』 wowow放映

d0109373_21522265.jpg「左手に告げてはならない」

『桐島、部活やめるってよ』の吉田監督作品。
(角田光代氏作品はほんとうにタイトルが秀逸)
主人公梨花を演じる宮沢りえさんの、罪悪感と緊張感で疲弊してゆく表情や怯え戸惑う時のセリフが印象的でした。

我に返って買い物の山の前で佇んだり、会計の際に予想外の高額で驚いたりしてるのに、それを光太の笑顔に紛らわしてしまう。(池松くんの無垢な笑顔では納得ですけど)
犯罪を犯す土壌がまた脆いものだから、箍が外れたように大胆になっていき、金額は膨らみ続ける。
時計、服、バッグ、車、マンション、大型ワインクーラーに入りきらないワイン・・・なんでそんな嬉しそうな顔ができるのか。見ているこっちが苦しくなってくる。
彼女の過去がまた問題。
海外の水害被災地への寄付に、「与えるほうが幸いである」の喜びに、親の財布からお金を盗んでまで寄付するようになる。
シスター(お声が素晴らしい!)の訓戒にも、それのなにがいけないのか納得できる答えを与えられないまま大人になってしまった。
そして彼女の宗教が出来上がってしまった。
最初に光太にお金を渡して喜ばれた後、あの日の讃美歌が甦ってくる。

光太の変化がいかにもという感じで巧い。
態度が不遜になってくる。言葉遣いもぞんざいになって遠慮がなくなる・・・。
テラス席で陽避けパラソルを移動させる。こっちへ寄れば?と梨花が言っても近づこうとしない。
会計の時には寄りそっていたのに、離れてタバコなんて吸っている。
封筒に入れて返してきたお金も、角の折れた札を無造作に置くようになる。
予兆はあったし覚悟もしていたけれど目をつぶってしまう。
で、崩壊は遂にやってくるわけですね。
赤い靴っていうのがベタすぎますが。

茫然自失になっているところへ、先輩社員にあたる隅より子が掛ける言葉がまたぞっとさせる。
「渡るの?渡らないの?」
横断歩道を渡らずに立ち止まっているのを訝しんだだけにはもう聞こえない。
すべての言葉すべての視線が今や、千のナイフ。

雨の電話ボックスで消費者金融に電話する場面。
200万と言ってから、絞り出すように出した「いえ・・・3千万・・・」が辛い。
また応対の声が妙に明るく軽くて事務的で。それが残酷。

憐れみはいらないと突き放す梨花に
「あなた惨めなの?」「そこに座って、惨めな人間だって思うのはあなたのほうなんじゃないの?」
このより子のセリフがすごかった。いい思いをしてきたんじゃないか、と。
20年以上の勤務実績すら評価されずでも生真面目に誠実に生きてきた女性の孤独を表現して小林聡美さん巧い。
お金で転落してゆくひとをごまんと見てきた人だから言える言葉かもしれない。
「お金じゃ自由になれない」
「あなたが行けるのはここまで」

梨花が打ち明ける真情がどうにもすっきり理解できない。
偽物なんだから壊れてもいいどうなってもいい。初めて自由になれた、とは。
罪を犯して得た自由ってなんだろう・・・
崩壊してゆく震動を感じながら幸福に浸れるのかしら。

「一緒に行きますか?」
彼女の宗教はまだその胸に灯っていたのだ。
銀行の2階から脱出し、走る梨花の姿は逃げているのではなく、追いかけているよう。
「行くべきところへ」と。
梨花の横領はもみ消されたことを表して窓ガラスは修復され、何事もなかったかのように日常業務が戻っている。

あの日の少年は娘もいる青年となって市場で果物を売っている。
転がり落ちた青いリンゴを拾って両腕いっぱいに抱える少女に、残りの1個を差し出す。
持ちきれない少女は受け取らない。
青年も受け取らず、どうぞと言ったようだ。あの日のお礼のように。
充分とはいえない寄付や援助だったかもしれない。
それでも青年は自分の足で立って、自分の持てる物の中から「与える」ことができるようになっている。

禁断の実を頬張る梨花は、大きな赤い花柄のリゾート服で、逃亡犯にはとても見えない。

梨花がどうなったか、どうするつもりなのか観客に委ねるエンディング。
でも「行くべきところ」は十分想像がつく。


映画
by august22moon | 2015-10-22 21:30 | 映画 | Comments(0)