2015年 11月 04日
鵜山仁演出 『トロイラスとクレシダ』 NHKBSプレミアム放映
序詞役の小林勝也さんのトーンは全日程あんな感じだったのでしょうか?時空の位置関係が把握できなかったのを引きずってしばらく集中できず。
この作品は蜷川版で観ていますが、衣裳やセリフで時代を飛び越え、より普遍性が強調されました。
クレシダ役のソニンさんは声がしっかりしているんですね。
表情も豊かで古典劇の重厚さにも負けてないしコメディチックな間も上手くこなせて。
不可解な心変わりをお人形さんで造形した蜷川版と違い、生身の女性を存在させました。
(まあ、あの俳優さんが苦手なのでそう思っちゃうのかもしれません)
ギリシャ側に寝返った父の元へ送られるクレシダを案じたトロイラスが、ギリシャ人のように歌も踊りもできないと卑下しますが、当のギリシャ勢はクレシダを前にハカなんて踊ってみせる。
オリジナリティ溢れるアレンジは観客に笑いも提供して、小田島訳とは思えない軽妙洒脱。
このクレシダのギリシャ陣営到着では、蜷川版では敬意を表した歓待も、まるで辱めを受けるような場面とし、クレシダが生き残るための選択をせざるをえなかったのを明示させました。
最もましなダイオミティーズを前にそれでもまだ逡巡するようすを覗き見て裏切りに絶望するトロイラスを、滑稽に演じさせたのも、恋人の真情を推し量る度量のなさ若さを表していました。
ダイオミティーズもクレシダに完全に心奪われてるわけではなく、駆け引きをもって翻弄させるあたりが、常に斜に構えて戦況を見ていた人物らしく描かれていました。
悲運の恋人たちも長期戦争の渦に巻き込まれて散り、タイトルロールでありながら群像劇の一部であるわけですね。
ユリシーズを演じる今井さんの知将ぶりが光りました。
ギリシャの頭脳として、その隙のない立ち居振る舞いがスマート。
トロイラスがクレシダを見たがることすら想定内というところ。
アキリーズを目覚めさせるにパトロクロスぐらいは利用しそう。
カサンドラは狂人としては描かれず、預言者のそれもアポロンの呪いによって誰も信じなくなったがため、悲劇の預言者となっている神話どおりの演出で、ヘクターに必死に訴える姿が活きました。
今作でアキリーズを演じた横田さんは、英雄と呼ばれた戦士の不可解な変容を怪演。
アガメムノンへの失望もあるのでしょうが、このひとの戦争へのモチベーションはなんだったのか。国を背負ってはいなかったのか。愛妾を奪われ剣を置くはまだ分かるけど、そこに国家の大事はないから腰が重い。
殺人の快楽だけしかないような風貌になっています。
お得意の軽味で真意を隠し続けギャップを植え付け、遂にその残虐性を目覚めさせた時の狂気をより鮮烈にさせました。
戦記ものをやるには世田パブの石とスチールの内装はぴったりでしょうね。
衣裳を現代的にし生演奏を入れ客弄りがあったりと斬新な演出によって、老舗大劇団の底力がいかんなく発揮された舞台でした。