出会った本、映画の感想。日々のこと。

by august22

栗村稔監督作 『桜、ふたたびの加奈子』 wowow放映

d0109373_144251.jpg13年公開作。
新津きよみ氏の原作は未読ですが、焦点を絞ってアレンジしたところはよかったのではないでしょうか。

小学校入学式当日に交通事故で娘を失い、喪失感の末にノイローゼになってしまうのですが、その間の夫・信樹の表し方が印象的。
高校生でシングルマザーの道を選ぶ正美の父親もそうなんですが、冷静というのではなく悲しみや苦悩や怒りを抑え堪えて、内で闘っている。
信樹が役所で死亡届を記入するのに字が乱れて何度も何度も書き直す。
誕生してから入学準備までに何度も書いたであろう娘の名前を、こんな紙に書かねばならない。
事務的に行われることに怒りが込み上げて、破いて握りつぶして床に叩きつけたりする。行き場のない怒りと必死に闘っている姿がよかった。
記入台の前のカウンターの向こうでは、役所の平常業務が行われている。なんと残酷な対照。所員はきっと事務的に処理するのだろうと想像させました。

父ひとり娘ひとりの家庭で育児を背負いノイローゼになる正美。
その娘・夏月を容子が養女に引きとりたがるのは一見解決策のように見せますが、次の場面では既に夏月は2歳くらいになっている。
ここまで育てあげたのならもう母親として覚悟も芽生えている。
養女にという申し出も、自分への労りと解釈するのは確固たる母性が備わったということ。
この正美を救う青年・直也が現れるのですが、まるで容子のように空のベビーカーを押して歩く女性について語るのがとてもよかった。
学校帰りに友人たちが、まだ子供が死んだことを納得できない呆けた女だと揶揄するのにも、憐れみの心を持っていた少年。
その女性は実は、妊娠中に事故で脚を悪くして、仕事帰りに保育園に預けた子供を迎えに行くところだったのだと、ひとは強いものなのだと語らせるのも、この青年の強い父性を表していました。
この直也の成長の表し方が端的で巧かった。特におとなになって通学路だった道を職場の制服を着て自転車で通勤する時の顔がよかった。年上の正美を迎えるに相応しいおとなになろうと決意している顔。
演じる子も巧いなぁと思ったら、jrの方なんですね。密かに募らせる正美への想いが見えてとてもよかったです。

信樹がもはや容子が信じていた転生を受け入れざるを得ない事態に直面する急展開に驚きました。
この夫婦の再生の道がこれしかないし、夫自身も受け入れたとはいえ、そこは妻よりはどこか冷静さを持って見守っています。だから賢一くんを抱きしめない。それは加奈子ではないから。これでようやく妻が救える。ひいては彷徨ったままの加奈子の魂も救える。その一心のようです。
実際、夫・信樹の涙するところは見せません。
死亡届をなんとか書こうと屈むその姿は引きのカメラでシルエットで映され、泣いているのかなんとか書こうとしているのか見せない。
ひとりが絶望のどん底でもがいていると、もうひとりのほうはそれを支えるために全てを堪えなくてはならないのです。
先に容子が自殺をはかった時に、通報があったことを警察から聞かされたところで、信樹は誰からなのか追求しないのはよかった。ここで既に気づいていたわけですね。
しかし、黙っている。賢一を通して生きている加奈子にもなにも語りかけない。

正美の相談相手である小学校教師の砂織の息子・賢一が犬の名前はジローだと知っていたという段階ではまだ、子供にはそうゆう不思議な能力があるのかもと思わせますが、その後の「前のママ」は少々ぞっとさせます。
ある晩突然家を飛び出した愛犬が導いたかのような、ふたりの女性(正美と砂織)との出会い。
まさか砂織の子に転生していたとは。

「前のパパ」「前のママ」の記憶、同じ好物、同じ絵、同じ約束、同じポケットいっぱいの桜の花びら。
しかしそこまでで充分だったかも。車に乗せた後で加奈子の声に変えての会話はいささか過剰。
自分の好みとしては、余韻に預けて欲しかった。
ラストに救急通報の録音を出すのは、ホラーと捉えられても仕方ありませんが・・・ん~どうなんだろう。自分としては、無くてもよかったかなぁ。でも必要かもしれないかなぁ・・・
犬の名前の件で信樹が全て悟った時に、通報の声を過らせてもよかったかなぁ

亡くなった人の姿が甦るのをテーマとした作品は多々ありますが、今作は別人に宿ったわが子との再会。
念願の生まれ変わりの子と逢って、ちゃんとお別れがしたかっただけなのだと容子に悟らせるのは良かったと思いました。
成長した賢一くんを出すのも過剰な気はしましたが、夫婦が新たに歩んでいる姿を見せる為には不可欠かもしれません。
ただ、足元だけ後ろ姿のシルエットだけで、実体なのかと想像させてなかなか意味深長でした。
この演出は、どこかで見守ってくれていると言えるほどに乗り越えなくてはならないという意味だろうと解釈しました。

映像には輪廻転生の象徴である円や丸が随所に登場し(仏具の線香立、食器、卵の黄身、トンネル、知恵の輪、フラフープ、カーブミラー等)、生命の循環や宇宙の神秘を連想させてよいアイデアだと思いました。
(直也が正美に告白する場面では公園の遊具の隙間越しにカメラを横移動させて映しているんですね。ここでは「円」ではない)
初七日から十三回忌までを暗転に白文字で出したり、巡る季節を満開の桜で示すのも、命への真摯な視線がありました。

ゴーストライター問題で雑音が入ってしまったことが大変残念でしたが、純粋にライター作品として聴いて、穏やかな春の景色に合う清らかな旋律でした。

映画
by august22moon | 2016-02-09 23:32 | 映画 | Comments(0)