2017年 11月 06日
ドゥニ・ヴィルヌーブ監督作 『ブレードランナー2049』
チャニング・テイタムがどこへ向かおうとしているのか分からない・・・
さてさて。続編。たいへん面白かったです!
しかし音が・・・最近そればっかり言ってますが。殴る音も床に叩きつけられる音も。
でも、なんかリアルな感じがしちゃう。
それにまぁ、ブラスターの発射音が凄いですこと。
レイチェルの再現力が凄くてびっくり。あんなこと出来ちゃうんですねぇ、現代の技術は。
前作をスクリーンで見ていないので、あの、アジアともニューヨークとも判然としない混沌とした未来世界がスクリーンで見られたことも楽しかったのですが、ハンス・ジマーの音楽がこの世界観にぴったり。
クラシックやらプレスリーなんて流して安心させながら、不安感や悲壮感を増幅させました。
これは、前作を見直して予習してから見たほうがよかったですね。
蜂の場面なんて、前作にかけた比喩なんでしょうけれど。解釈に迷います。
世界観も見応えがありましたが、主人公K役のライアン・ゴズリングがよかったです。
あのレプリカント特有の無表情の中に、哀しさ虚しさが表れていました。
子供時代がないにも関わらず子供の頃の記憶があるから、もしかしたら人間なんじゃないかと期待させてそれが間違いだった時の、無表情の中に表現される絶望とか落胆が素晴らしかったです。
ホログラムで現れるAIの女の子ジョイ相手にしか心休まることがないんですが、本当に愛しているというよりも、架空だろうが量産型だろうが愛しく思うものがひとつでもあればそれだけで自分の中に存在する人間的なものが確かめられるのを大切にしたかったのではないかと。
唯一のよすがだったんじゃないかとね、思いました。
ラヴとの闘いで瀕死の時に、ジョイが映し出される機械を守ろうと手を伸ばすなんてね。それがたとえ幻だとしても人間らしい記憶で終えたかったのかな
ライアン・ゴズリングの顔立ちがもの悲し気ですから、ただそこに立っているだけで哀愁漂うわけで。ベストキャスティングでした。
レイチェルとの娘に再会させるためにデッカードを必死に助ける。
娘に会いに行くデッカードを見送る。
それは自分だったかもしれないのに。
ゆっくり横たわって降ってくる雪を感じながら、最期を迎え入れる安堵のような自嘲のような表情も、とてもよかったです。
レプリカントとしては幸せな最期だったのかな