2010年 12月 27日 ( 1 )

さい芸 『美しきものの伝説』 26日千秋楽観劇

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今年最後のさい芸。
今年も何回通ったか。コクーンのように都会の真っ只中にある劇場と違い、周囲は住宅や学校のあるごく普通の日常の風景が広がる静かな町。
街路樹や生徒たちの下校風景や道向こうの住宅のお洗濯ものが干されたベランダまでも見慣れてしまうのはなんだか不思議な感じです。

【花で飾った一本の杭】
新聞劇評の効果か全ての通路が当日券のお客さんで埋まりました。

原作本を遅まきながら発注しまして読んでみました。
幕間狂言で「現代の流行り歌」を歌うとなっているところは「世界にひとつだけの花」が歌われました。
ラストの鎮魂歌はカット。

ルパシカがカフェで取材に応じていると、早稲田(沢田正二郎)がやってきて拍手されたのに気を良くして演説再開したり。
社会主義者たちに口を挟まれたので、話しを変えようと手助けのために口を挟む早稲田を制するように「なにか?」と受けて立っちゃったり。この場面の横田さんの巧みさは最高です。
アナーキストたちと議論しても勝負にならないのね。簡単に論破されちゃうあたりたいへん面白かったです。
滑舌をツッコむつもりが噛んじゃうとこなんて巧いこと!
大本教に入信したりというあたりは劇中に連想させないので、一体どうしたんだろうと意外性が出た気がしました。
決して多くはない登場でも純粋に演劇だけに生きたいと苦悶し続けた半生やその背景が見えるようでした。
これまでの舞台でも必ずと言っていいほど登場していない場面も想像できる奥深さがありましたが、演出という言葉を生み、劇団運営から映画界進出と、その変遷まで見てみたいと特に感じました。
まさに‘影を置いて’いったんですね。

今日は「二の三 大正八年の正月」の、クロポトキン(大杉)と四分六(堺)が討論する場面はとても良かったです。浅沼まで連想してしまった飯田さんの巧さは言うまでもないのですが、大杉役の松田慎也さんが良かった。
強かにまた豪快に生き延びてきた堺と、ぶれることなく突っ走ってきた大杉との、相入れることはない議論が続きます。
決して理解できたとは思えませんが、ふたりの生きざまが突き付けられ、息を詰めて見入ってしまいました。
大杉は終始ちっとも熱くなることなく、ここで初めて長い自論が展開します。
この大正八年は、「(道は)ひらかれた。足がかりはできた」という大杉のセリフにもあるように研究会や講演を開催しと活発に活動していた時期で、堺にしても新党を結成すると意気上がっていた筈なのに。
ふたりの討論は果てしなく絶望的です。
思想の、まさに冬の時代を象徴するように最後に堺が窓に目をやると・・・「おや、雪かな」。
舞台のサイズを越えた場面となりました。

出獄してきた暖村(荒畑寒村)のモノローグでは、小久保寿人さんの声を詰まらせながら絞り出すよう。

やっぱり野枝は、個人的に違和感が残りました。
声を張りすぎるのも好きではないからかもしれませんが、須磨子の縊死後の血糊らしきものを号泣しながら拭き取った直後に悪阻がおこり、「やだ・・・またできちゃったのかしら」というセリフがあるんですが。これがあまりにもケロリと言い過ぎる。あまりにも変わり過ぎなんですもの野枝さん。

カテコでは、2度目にネクストのメンバーが最上段にいた蜷川さんを呼んだんですが、笑顔で固辞。
その笑顔のまま、前に出てとジェスチャーで指示され、全員がそれに従ってもう1度前に進み出て三方に礼をすると、今度は下がれとジャスチャー。全員指示されるまま下がって幕。
素直(笑) なんだか親子関係みたい。
階段を降りてくる蜷川さんを観客が拍手で見送ると、ずーっと笑顔の蜷川さん、深々と一礼して通路へ下がって行かれました。

客演組はカテコではいつも後方に下がっています。
横田さんは常にネクストのメンバーを立てて、前へ押し出して。若者たちへの気持ちが伝わってきます。

終演は16時20分頃。
陽が伸びてまだこの明るさ。

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by august22moon | 2010-12-27 00:01 | 観劇 | Comments(0)