カテゴリ:映画( 318 )

ジェームズ・ポンソルト監督作 『ザ・サークル』

d0109373_3284089.jpg見ながら、え?はぁ?の連続でした。

SF小説はじめネット社会の愚かさ恐ろしさを描く作品は多々あります。今作もそれら同様デフォルメされた仮想社会。
父は難病、母はその看護に追われている。なんとかもっと収入のいい仕事で両親を楽にさせたいと願う女性の気持ちはもちろん理解できるんです。
運よく大企業に就職できて、スキルアップもできて、父の病のケアまでしてくれるなんて、メイにしたら信頼してしまうのも道理。
しかし、面接を受けさせてくれた友人の、社内を案内しながらの慌ただしさったら。
始終スマホにメールが入る。返信しながら捲し立てる。世界中を飛び回っているトップ社員なら仕方ないのでしょうけど。面接官も捲し立てる。初日の業務説明も早口。
SNSの評価が社内の評価って、どうゆう意味?
社内中がやたらとハイテンション。福利厚生なんて充実の度を超えてる。
社員全員が疾走感に酔っている。
確かに地上最先端をいってる企業にいれば有頂天にもなるでしょう。
‘あなたにはその価値があるから' みたいな?
もしかしたらこんなハイテンションパラダイスなカイシャが、この世のどこかに存在するかもしれませんけれど。
プライベートまでコントロールされて、まるで宗教。

エマ・ワトソンは、その知的さとともに無垢な雰囲気が、主人公メイに巧く嵌っていました。
知性もあるのに純真すぎて、そこが危うい。
どう考えても24時間プライバシーを晒すなんて、普通の人間なら耐えられることじゃない。
巨大企業の頂点に立てたと思ってしまったか。
その後、失うものの大きさに気付いても、友人のように辞めることもせず、よい部分があるのだと復帰するというのが面白く恐ろしいところですね。
トム・ハンクスは、大衆を虜にするカリスマ性とその裏の強かさが流石の巧さでした。
メイに逆襲された時の、少しも狼狽えず冷笑するところもお見事でした。

俳優陣の巧さで、人間ドラマとしては現実味が出ました。




映画
by august22moon | 2017-12-09 23:00 | 映画 | Comments(0)

新海誠監督作 『君の名は。」wowow放映

d0109373_0563447.jpg大ヒットとなったアニメですが、ちょっと映画館へ見に行く気にならなかったのでありました。

光源に拘った画なんですね。
朝日や真夏の日差しや逆光の反射光ばかりではなく、夜の室内の照明にまで陰影が描かれている拘りよう。

夢の中で異時空間で生きる人物と入れ替わって、しかも相手は天災に遭って亡くなっているのかもしれない。しかも次第にその記憶が薄れていく・・・というあたりまでは、タイムトラベル作品の一種として面白いお話ですね。
タイトルが既に「すれ違い」の代名詞であることも巧みですね。

多くのタイムトラベル作品に存在するのは、時空を超えてしまった本人の意思の及ばないところで。運命に翻弄されるもどかしさが見るものを引き込むわけですね。
どうする術もないところがドラマとして最上なんですね。
日本人にはベースに「浦島太郎」の記憶があるからでしょうかね
(そうそう、信長ってどうしてこうも度々タイムトラベルに巻き込まれるんでしょうね。)

ドラマの『ロングラブレター』のラストに異次元で飛ばされた手紙の紙切れが異次元に舞い落ちてきて、そんな些細な出来事がきっかけとなって過去が変わり・・・という展開は素晴らしかった。
帰ることはできないけれど、変えることはできるという結末。
この後この学生たちが自給自足で生き残ることはどう見ても不可能という絶望的な事態しか起きないところに巧い救いをもたらして、それはそれで面白かったです。

ぼーっと見ていたわけでもないんですが、どうして避難訓練になったのか、分からなくて。
天邪鬼なおばさんなものですから、最後は人知の及ばない悲劇によって若いふたりが引き裂かれる・・・なんていうドラマチックな余韻が欲しくなってしまうのでありました。
「芳山くん」が「深町くん」ともう二度と会えなくなったばかりか、その記憶さえ消されてしまったように。

だって
世界は案外狭いけれど、存外だだっ広くて、無情なのよ





映画
by august22moon | 2017-11-25 23:00 | 映画 | Comments(0)

森義隆監督作 『聖の青春』 wowow放映

d0109373_20342766.jpg大崎氏にあたる橋口役を演じたのが筒井道隆さんだったんですが、私ったら最後まで誰なのか分からなくて。
なぜ分からなかったんだろ。おかしいなぁ
あんなに笑える「ジンジャーエール」が言えるのはこの人だけじゃないかと、つい最近映画版見てて思い出してたとこだったのに。おかしいなぁ

原作本の存在は知っていましたが、作者の大崎氏が将棋雑誌の編集長をされていたことは知りませんでした。
『アジアンタムブルー』しか読んでなくて。
作品中に登場する有名な棋士の名前くらいは知っていましたし、羽生氏のことも七冠達成の時は盛んに報道されたので知ってはいましたが、その程度です。
敗者が「負けました」と宣言しなくてはならない勝負ってあまりないですよね。

将棋のことはルールをはじめほとんど知りませんから、羽生氏が勝ち上がっていく試合が何戦でこれで何冠などのテロップを入れてくださるともっと羽生氏の凄さや村山氏の焦りが、分かりやすかったのに。

主演の松山さんは村山氏に外見を寄せていますが、宿痾の苦しみはあまり細かく表情にも演出にも表現さないのは、ご本人がいかに周囲に気付かせないようにしていたということを示しているのでしょうが、ドラマチックに盛り上げることもなく淡々と静かに描かれているのが、村山氏のみならず将棋という勝負の世界への敬意のように感じました。

ライバルであった羽生氏を演じた東出さんがまた羽生氏そっくりに演じていたので、フィクション部分も、ほんとうにこんなことがあったと受け入れてしまいそうでした。
独特の硬い芝居も功を奏していて、真骨頂なのでは。

最も印象的だったのが、地方の飾り気のない店でふたりがビールを飲みながら語り合う場面。
病気のために結婚ができない無念を吐露された時の、東出さんの表情がよかった。
羽生氏にしてみれば慰めの言葉など憚れるし、女優と結婚したばかりのタイミングで言われて、その話題にも辟易していたのかもしれないところが、ちょっと視線を外した厳しい表情に見て取れて、なんだか羽生氏らしい。
なぜ将棋だったのかと問われても、なぜなのか分からないけれど、ただ今日負けて「私は、死にたいほど悔しい」というセリフも印象に残りました。
「死ぬほど」ではなく「死にたいほど」だと正確に表現するところがまた、彼らしいと思えちゃうんですよね。
村山氏が亡くなって師匠の森氏より先に弔問に訪れた場面は映さず、すでに次の対局の座に居る場面を映しているんですが、その表情には怒りにも似た悲しみや新たに生まれた背負うものへの誓いが見えました。それを弔問の際に見せなかった演出が秀逸。

棋士としても人間的にも対照的なふたりが、道を究めた者だけができる会話をするのも、清々しかったです。

「そこはどんな景色なんでしょうね」

「村山さんとなら行けるかもしれない」

「いつか一緒に行きましょう」

そう言える相手が存在したことが、ふたりにとってはこの上ない幸福だったのでしょうね。




映画
by august22moon | 2017-11-20 23:00 | 映画 | Comments(0)

滝田洋二郎監督作『ラストレシピ~麒麟の舌の記憶~』

d0109373_20225556.jpgにのさん大物監督さんが続きます。
「にながわゆきお、くらもとそう、くりんといーすとうっど、そして、やまだようじ」にオスカー監督「たきたようじろう」が加わるわけですね。
「第39回です。」のくだりが好きでして。

さてさて。
二宮さんは確かに巧くて、「拝啓、父上様」でも見せた、調理の時の緊張感ある視線は、役柄への真摯さが感じられました。
メッセージを密かに込めた豚の角煮をひと口食べた後の驚いた表情とそのタイミング。
影膳に出したカツサンドを食べながら、愛する人のために心を込めて作る料理の美味しさを改めて思い出し、旨いなぁと呟くところなどは、さすがの巧さでした。
涙とともにパンを食べたものでなければ・・・ってことですね。

祖父・山形直太朗と同じ「絶対味覚」を受け継いでいた孫・佐々木充が、祖父の知人たちから「遺産」を渡され受け継いでいくわけですが、この「絶対味覚」によって何か事件が起こるのか、事件を解決する手段となるのかと思いましたが、受け継いだ血ということなんですね。

直太朗だけでなく楊らにしてみれば、食という芸術を戦争に利用され奪われたわけで。だから、悲運の料理人の残した遺産を守りぬき繋ぐことが、残された彼らの使命となったんですね。
消えさせてはならないと思わせる、直太朗がそれほどの人物であったことを強く印象付けなくてはならないところですが、西島さんは誠実さ信念の強さで周囲の人びとを魅了し慕われるという役柄は自然に伝わってきますから、そのあたりは納得できるものでした。

最後に、充が再現した料理を微笑んで差し出す。
それはテーブルで待つお客さんではなく、会ったことはない祖父・直太朗へなんですね。
直太朗もそれを分かっているように微笑むようすは、とてもいいラストシーンでした。

青年時代の楊さんを演じた俳優さんがとてもよかったです。
戸惑いながらも文化の違いを柔軟に受け入れていくようすが巧かった。
でも公式サイトにもお名前ないし、エンドロールでも見逃しちゃった。

しかし、押しなべて小綺麗に終わってしまい、なんだかお正月特番を見ているようでした。
オールスターキャストだったからかしら。
もっとなにか出来そうなのに残念。
真相も、充の再生のためにそこまで手の込んだことをしてあげるというのが・・・
健の言い方かなぁ 健に言わせちゃうのが引っかかってるのかなぁ

そんな中でも印象的だったのは、充が再現した味に感動する病床の男が、いい思い出を作ってあげようとする妻に感謝しながらも、最後はおまえの手料理でと言わせた場面。
これは充の気付かないところで起こっていて、それは料理人との境界線であるカウンターの向こうの縮図なのかな
誰かのために心を込めて作ること。ほんとうの「美味しい」の意味。
最後のカツサンドに繋がって、スパイスとなる場面でした。

美味しそうなものいろいろ出てくるんですが、見終わってむちゃくちゃチャーハンが食べたくなりました。
「もういいの」と食べるチャーハンね。
それと、楊さんが作っていた飴掛けのミニトマト。『孤独のグルメ』の台湾出張版でも出てきましたけど、可愛い。
リンゴ飴ならぬトマト飴。
食べてみたいなぁ 連なってるのがいいの。



映画
by august22moon | 2017-11-12 23:00 | 映画 | Comments(0)

ドゥニ・ヴィルヌーブ監督作 『ブレードランナー2049』

d0109373_1820786.jpg予告編で「キングスマン:ゴールデンサークル」
チャニング・テイタムがどこへ向かおうとしているのか分からない・・・


さてさて。続編。たいへん面白かったです!
しかし音が・・・最近そればっかり言ってますが。殴る音も床に叩きつけられる音も。
でも、なんかリアルな感じがしちゃう。
それにまぁ、ブラスターの発射音が凄いですこと。

レイチェルの再現力が凄くてびっくり。あんなこと出来ちゃうんですねぇ、現代の技術は。

前作をスクリーンで見ていないので、あの、アジアともニューヨークとも判然としない混沌とした未来世界がスクリーンで見られたことも楽しかったのですが、ハンス・ジマーの音楽がこの世界観にぴったり。
クラシックやらプレスリーなんて流して安心させながら、不安感や悲壮感を増幅させました。

これは、前作を見直して予習してから見たほうがよかったですね。
蜂の場面なんて、前作にかけた比喩なんでしょうけれど。解釈に迷います。

世界観も見応えがありましたが、主人公K役のライアン・ゴズリングがよかったです。
あのレプリカント特有の無表情の中に、哀しさ虚しさが表れていました。
子供時代がないにも関わらず子供の頃の記憶があるから、もしかしたら人間なんじゃないかと期待させてそれが間違いだった時の、無表情の中に表現される絶望とか落胆が素晴らしかったです。
ホログラムで現れるAIの女の子ジョイ相手にしか心休まることがないんですが、本当に愛しているというよりも、架空だろうが量産型だろうが愛しく思うものがひとつでもあればそれだけで自分の中に存在する人間的なものが確かめられるのを大切にしたかったのではないかと。
唯一のよすがだったんじゃないかとね、思いました。

ラヴとの闘いで瀕死の時に、ジョイが映し出される機械を守ろうと手を伸ばすなんてね。それがたとえ幻だとしても人間らしい記憶で終えたかったのかな
ライアン・ゴズリングの顔立ちがもの悲し気ですから、ただそこに立っているだけで哀愁漂うわけで。ベストキャスティングでした。

レイチェルとの娘に再会させるためにデッカードを必死に助ける。
娘に会いに行くデッカードを見送る。
それは自分だったかもしれないのに。
ゆっくり横たわって降ってくる雪を感じながら、最期を迎え入れる安堵のような自嘲のような表情も、とてもよかったです。
レプリカントとしては幸せな最期だったのかな



映画
by august22moon | 2017-11-06 23:00 | 映画 | Comments(0)

是枝裕和監督作 『三度目の殺人』

d0109373_0104777.jpg鋼太郎さんが是枝監督作品に登場という貴重な作品です。
鋼太郎さんは所謂「ヤメ検」。熱血漢の若手弁護士と、戦績を上げるのを優先する冷淡な弁護士の間で、いかにも経験の豊富で柔軟という人物。
口調がね、違いました。
それでも、裁判所の入口で傘を閉じ階段を昇ってくる場面は惹きつけられました。

重盛の後ろを歩いてくるんですが、彼はまっすぐ前を、挑戦的な表情で歩いているんですね。
確かに弁護士にとっては戦場であるわけですし。特に今回の裁判では。
しかしその後方を歩く摂津には、そこが神聖なしかし残酷な場所であることが身に染みているんですね。重盛以上に。
その伏し目がちな表情に畏怖が見て取れました。
さすが。
その場面だけでも見ていて気持ちがよかった。

終盤の場面で、三隅と重盛が接見室で語り合っている時、ふたりを隔てるアクリル板にふたりの姿が重なって映るんですが、真実を法の下には晒そうとしなかった殺人犯と、弁護人の姿を重ね合わせたこの映像こそが、是枝監督が表したかったものなのだろうと思いました。

なにが真実なのか分からないまま。
もしかしたら死刑から無期に減刑されるかもしれなかったのに、それでも真実を語ろうとしない男に、娘が万引きをしても絶望することも狼狽えることもなく平然と店側の許しを得られやすい謝罪をするような冷淡な男が、真実を教えてくれと初めて感情的になる場面も印象的でした。
判事に裁判をさせず、自ら裁き、自ら判決を下してしまった。
頼られることが当たり前の弁護士としては、理解を超えているわけですね。

特に役所さんの巧さで、すべてが「藪の中」に葬られました。
全身全霊で凝視する咲江の前を通り過ぎる時の、彼女の存在すら否定しすべて引き受けすべて封印したあの横顔はゾッとさせました。



映画
by august22moon | 2017-10-26 22:09 | 映画 | Comments(0)

大友啓史監督作 『ミュージアム』 wowow放映

d0109373_21544091.jpgこれほど『セブン』に似ているのでは、比較する言葉しか思いつきませんわ

それに なによりですねぇ
犯人の中の人がシークレットになっていて、さまざま憶測が飛び交うもんですから、私も「あの人」なんじゃ?左手で銃持ってるし声がセンセイと被ってるけど一番お客が呼べる意外なキャスティングでいいんじゃない?と思い込んでいたもんですから
勝手に少々物足りなくなっている自分がおりました。

雨で煙った映像はさすがに大友作品らしくて面白い。
いくつか強烈に印象的な構図もあるんです。

しかし、よくよく考えると、ツッコミどころも多く。
例えば、西野刑事が屋上の淵に立たされて犯人に掴まれたネクタイが命綱でギリ立っている、という場面。
犯人の無感情に殺人を犯せる異常性が出てこれは面白いと思ったのですが・・・
いやまて足首を縛られていようが、あれ、自分で足を前にズルッと落とせばいいだけじゃないですか?腰やられるかもしれませんが。違いますか?ダメですか?

犯人のお宅に乗り込んで対決となってからの展開が全部想像がついてもたついてショッキングでもなくて、台無しにしていました。

つくづく『セブン』はトラウマになるほど強烈だったと、改めて思わせてくれた作品でした。

by august22moon | 2017-10-17 23:00 | 映画 | Comments(0)

リドリー・スコット監督作『エイリアン:コヴェナント』

d0109373_21393470.jpg第1作の前日譚とのことでしたが、この第1作とほぼ同じ流れでしたね。
前作『プロメテウス』では、あのエンジニアの謎が明かされた面白さはありましたが、今作は信号を受信して未知の惑星に着陸するところから結局アンドロイドがエイリアンを拡散目的であったところは第1作と同じ。

どうもこのシリーズのヒロインは、シガーニー・ウィーバーから始まって女性らしい線の細い女優さんは使わないんですね。確かに彼女のような風貌ならばひとりで戦えそうですけど。
でも3人目ともなればもう、例えばスカーレット・ヨハンソンとか・・・あ、クリステン・スチュアートなんかじゃダメですかね。・・・軍人には見えないか
今作のキャサリン・ウォーターストンはショートカットの髪型のせいもあって可愛く見える時もあるんですが・・・まあノオミ・ラパスよりはいいですけど。
いやヒロイン以上にですね、私やっぱり、マイケル・ファスベンダーが、ダメですわ
あの笛の場面も必要かなぁ。
つくづく、イアン・ホルムのアッシュ、ランス・ヘンリクセンのビショップはよかったなぁとね・・・つくづく。
「人間にしてはやるね」とかね

映像はさすがに素晴らしい迫力でした。そこは見応えがありました。
でも、第2作の装甲車で脱出する場面とか、居るはずのヘリが居ない!と絶望的になったところプラットホームの向こう側から戻ってきた場面のように緊張感のある場面はなかった、かな
卵やフェイスハガーも第1作と比べたら動きも格段に細かくなっているのは当然なのですが、恐怖感がね、不足していました。
エイリアン自体に、神出鬼没な恐ろしさがありませんでした。
何度も見過ぎたかしら
結局、恐ろしいのはアンドロイドなわけで。

ダニエルズが冷凍睡眠ポッドに入ってからウォルターではなくデヴィッドだったと気付いたのは、顎の下の傷でも見えたんでしょうかね
どこで気付いたのかな



映画
by august22moon | 2017-09-30 23:00 | 映画 | Comments(0)

クリストファー・ノーラン監督作『ダンケルク』

d0109373_1852180.jpgようやく。久し振りに映画館へ行けました~

音がとにかくでかい。
ってこれ、以前にも他の作品で申しましたね
オバサン、爆音に慣れるまで時間かかります。
冒頭の、目に見えぬドイツ軍の発砲する重火器の音から、戦闘機の飛行音まで爆音。
4DXでもないのにシートが振動しましたので、戦場の臨場感はたっぷり味わえました。
多くの兵士が桟橋や防波堤に密集している画は、緊張感のあるものでした。
いや、緊張感といより絶望感。
気付いたらいつからか、アナログ時計のカチカチという音がずっと鳴っているんですね。
トミーとアレックスが列車の座席に座るまで、ずっとカウントダウンされているのも緊迫感を途切れさせない効果がありました。

ようやく乗り込めた船も爆撃され、打ち上げられた「助け舟」である商船は潜んだドイツ軍に銃撃される。
隠れるところもない砂浜では、メッサーシュミットから爆撃され放題。
「空軍はなにをしているんだ!」と叫ぶ兵士がいますが、いつ攻撃されるか分からない状況にハラハラ。
しかも、ようやく乗り込んだ船も攻撃され、海に投げ出され、船から流れ出た重油の上にメッサーシュミットが墜落して火の海。
こんな状況でほんとうに何十万人も救出できたのかと訝しくなるほど、一難去ってまた一難。

構成が面白くて、陸海空で経過時間がそれぞれ違う。
救出を待つ砂浜では1週間。救出に向かう民間船は1日。迫るドイツ空軍を迎え撃つ空軍は1時間。
砂浜へ英国軍が集まったそのころイギリス国内や空軍はこんな様子・・・なんて気を揉ませることはないわけです。

救出を待つ間の緊迫感も面白いのですが、救出を待つトミー、ギブソンたちや、救出に向かうムーンストーン号船長のドーソンたちの描き方もとても見応えのあるドラマでした。
ドーソンは救援を求められた時から英国海軍の一員となったかのような責任と威厳があり、共に戦っていました。

トミーはダンケルクの砂浜のはずれで死んだ兵士の軍服や靴を明らかに盗んで着込んでいる男を見つけても咎めもせず、一緒に埋めるのを手伝うんですが、イギリス兵ではないと直感していると感じました。
薄々感づいていながらなにも聞かないのも、その前にドイツ軍を食い止めているフランス兵に助けられたことがあったからじゃないかとね、思いました。
怪我人が優先的に乗船できるのを見たこの男がすぐさま、運ぶ兵士も撃たれて砂浜に置かれたままの怪我人の担架を運ぼうとするのを察して一緒に運び始めるし。
ようやく乗り込めても怪我人以外は下船するように言われ仕方なく降りようとすると、「ギブソン」が桟橋の下に隠れているのを見て追っていく。そこでもまったく声をかけない。
そこがまた、若い兵士たちの緊迫感を感じさせました。
沈没した救出船から助けられた若い兵士アレックス役で、ワンダイのハリー・スタイルズが出ているんですが、トミー役のフィン・ホワイトヘッドと共に、40年代のイギリス青年らしい風貌にしていて違和感はまったくありませんでした。

帰還した場面もとてもよかったです。
民間船が沖合に現れた時は、正直それほど感動的ではないんですが、イギリスに無事着いてからの場面のほうが印象的でした。
男性が「よく戻った」と帰還兵たちに毛布を渡すのをアレックスは、負けたのにと苛立ちを露わにするんですが、トミーにはこの男性は目が不自由なことが分かってしかも生きていればそれで充分と言われているのに、それすら黙っている。
生きてさえいれば希望はあるのかもしれないけれど、這う這うの体で逃げてきた事実は消えないこれは敗戦なのだ。
そこがね、トミー自身も今ある状況を整理できていない気がしました。
多くの民間船の協力があったことや勇気ある撤退と称える新聞記事をアレックスに読み聞かせた後の表情は、複雑な心境を滲ませて秀逸でした。

トム・ハーディーがスピットファイアを駆って大活躍なんですが、ラストが泣かせました。
燃料が無くなるギリギリまでドイツ軍機を撃ち落とし、プロペラも止まっているのにパラシュート脱出せずなんとか車輪を下ろして敵地の近い砂浜に着陸し、戦闘機を燃やす。
ドイツ軍から守ったわけですね、相棒を。
最後まで戦い抜いてくれた相棒を慈しむように見つめ続ける背中。火葬のような炎。
抵抗もせずドイツ軍に捕らえられる潔さ。
操縦席の中がほとんどとはいえ、見せ場の多い役どころでした。


波打ち際には波の花が浮いていましたが、寒かったんでしょうねぇ



映画
by august22moon | 2017-09-26 23:10 | 映画 | Comments(0)

ケヴィン・マクドナルド監督作『運命を分けたザイル』wowow放映

d0109373_1275532.jpg英国アカデミー賞作品賞を獲得した03年のイギリス映画。
何気なく見始めて引き込まれた作品です。

85年にアンデス山脈のシウラ・グランデ峰西壁を下山中にひとりが滑落し生還した事故を、本人たちのインタビューと再現映像で構成しているのですが、この再現ドラマが実に見事でした。ロケ現場も含め、事実にかなり忠実ではないかと思われます。
アックスとアイゼンだけで垂直の氷壁を下る。
突然頭上から崩れ落ちてくる氷塊や雪庇。
天候は荒れ、気温は零下20度。
厳しい場所だからこそ挑戦し甲斐もあるので、無謀と言うこともできないでしょうが。
事故が起こる前の登りからもう既に緊張の連続。
製作者側が彼らの名誉と悲劇に真摯に向かい合って共に戦ったのが伝わりました。

再現映像に登場する、サイモンとジョー、そしてリチャードの三人を演じる俳優さんたちは顔立ちがまったく似ていないので、本人たちが映るたびに、想像の切り替えが必要なほど。
それほど、再現に留まらない迫力がありました。

事故に遭ったジョー・シモンズ氏とベースキャンプの留守番役に雇われたリチャード・ホーキング氏は、その瞳にまだ少年のあどけなさを残した穏やかな顔立ち。
ホーキング氏は世界中を旅して周り、危険な目にも何度も遭っていた人物には見えないほど。
「彼らのファーストネームしか知らなかった」と温かい笑顔で語るので、出会って日が浅くても信頼して留守を託したサイモンとジョーの気持ちも分かるようでした。

エンディングで、帰国後サイモン・イェーツ氏が、滑落し重症を負ったシモンズ氏とを繋いでいたロープをやむなく切った判断について、ずいぶんと責められたことが記されます。
作中のインタビューで、イエーツ氏が硬い表情のままだった理由は、そこにもあったわけです。
その瞬間、いかに他の方法がなかったか。
どれほど切らなければ自分も滑落してしまう切羽詰まった状況であったか。
最も重要な瞬間は、非常に説得力のある映像でした。
決断の後、まるで亡霊のように、ジョーが落ちたクレバスを迂回して進む姿には、辛さが伝わってきます。

シモンズ氏は、ベースキャンプに辿り着いた時に先ず、サイモンの名を呼んだんですね。
「ヘルプ」ではなく。
それは、一刻も早く、サイモンを自責の念から解放したかったからと感じました。
そして、駆け寄ったサイモンに第一声、判断は間違っていないと擁護したのには、見るものにとっては救いになりました。

本人たちが映っているのですから、結果は最初から分かっているのですが、それでもシモンズ氏の生還劇には、固唾をのんで見守ってしまいました。




映画

by august22moon | 2017-09-03 23:00 | 映画 | Comments(0)