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ポスターはティザービジュアルのほうで。
d0109373_18172164.jpg「ごめんなさい」が聞きたくて。
『ゴジラ』二度見です。
あそこは傑作だったと周囲が盛り上がっているのに、あの時は尾頭さんに気をとられて記憶も曖昧で。
ところが、行った時間4DX版しか上映してなくて、オバサンだいじょぶかしら情報量多いからもう1度見たいと来たのにそれどころじゃなくなったらどうしましょと不安も過りましたが、経験済みの友人の、ひとまるの震動が味わえるよの言葉に、そうかアパッチの機関砲の発射も!と一転乗り気。

公開から結構経っているのにまだ夏休みだからかお客さんが多くてビックリ。
お客さんが少なければ、ヒエ~なんてビビッても恥ずかしくないぞと思っていたのに。
本編上映前に、どんな動きなのかお知らせ的な映像で既にみんな大盛り上がり。(特に女性陣)
シートが動くのはいいんですが、背もたれの震動は胃が気持ち悪くなりそうで厭だなぁと背中浮かせてたんですが、1回きりでよかった。
ヘッドレスト?両脇からの風の噴射も髪の毛乱れるし、なによりミストが吹いてくるとメガネに水滴がついてその都度拭くのも面倒なので、東京湾の水飛沫を体験した後は停止ボタン押しました。

細かいところにまで凝っているので、改めて感心することも多かったです。

・最初に逃げ惑う市民役のひとたちのセリフの脅威的棒読み加減。
・走り去る電車の最後尾車両の窓に張り付いて、踏切を渡る人々を見ている乗客。もしかして乗り遅れた家族か友人を見つけたんじゃないかと思わせます。
・初めて見た時も気になった、あと数秒カットが遅かったらぜったい滑り落ちてる事務官が抱えているキングジムファイル。スリリングでセリフが入ってこないです。
・逃げ遅れた、老人を背負っているひとがお年寄りであったこと。
・京急。
・「イマ!」
・KREVA氏が認識できない!
・間准教授役の塚本監督が、「おりがみ」と気付いた時のおやさしい両手の叩き方。
・折り紙をさらさらっと振れる安田課長の指。
・赤坂と泉のゴジラゼロ感。

・・・が、2回目で特に印象に残ったところ、ですかね。
女性限定試写会後の記念撮影で、職員役の片桐はいりさんがおにぎり握るポーズしてたので、ちゃんとホイル敷いてタッパに入れられたおにぎりはあの女性職員からの差し入れってことなのかと解りました。だからお茶を出す際にあの芝居だったんですね。
矢島健一さんて結構好きな役者さんで。管理職役が多いんですが、以前CMで管理職みたいなひとたちが料亭に居る設定で、ひとり肘掛にもたれていてその正に斜に構えた感じが巧くて。
甘利氏に似せた中村育二さんと共にちょっと間の抜けた感じは珍しい。
塚本監督っておどろおどろしい作品が多いんですが、どこかお品と優しさが垣間見える。昏く妖しいけれど神経に触るようなグロテスクさはないところがね、お人柄。見られませんから見ないですけど、『野火』もきっとそうではないかと。
あの胃弱片桐且元を見せている真っ最中に、東部方面総監役を小林隆氏に演じさせるキャスティングの妙。
いかにも知将という雰囲気がお見事。
統合幕僚長、統合幕僚副長、東部方面総監部副幕僚長を演じる方々も適役。いずれも堂々たる居住まいで切れ者感が凄い。力を蓄えて来た自信が感じられます。

「いえ、ローテでいきます。皆、入隊した時から覚悟はできています」と「気落ちは不要。攻撃だけが華じゃない。住民の避難を~」には、改めて感謝の念が湧いちゃう。
アパッチの発射時や、ひとまる発射時とその反動でシートが震動するのはリアルではなくともちょっとニヤついてしまいましたわ。
でも、会議室内のカメラの移動にまで合わせることはないんじゃないかと。
ノートPCが巨災対メンバーの手から手へ渡るのに合わせて動いた時は、クスクス笑いが聞こえました。
なにもデータ目線でまで動かんでも。
スモークでスクリーンの下の方が見えない時もありましたが、臨場感持たせるためなんでしょうね。
照明も明滅したりして。
日本人は静かに見るのがマナーとされているから、こうゆうアトラクションみたいな状況にされると、気分的に楽しいですね。
海外では通常上映でもみんな見せ場には声あげてますもんね。
ダースベイダー登場してイエ~ィひゅーひゅーみたいに。

シートが通常より高くなっているので、座る時に私ったら勢いつけてドスンと座っちゃって・・・
同じ列の方々にまで震動してしまうんですね。
「ごめんなさい」。

尻尾の形状を確認しようと思わず前のめりになったら、同じ事しているお客さん何人かいました。
今度ははっきり解ったじょ
やっぱりリトルじゃないかと思いましたが、リトルゴジラが生まれるとしても第一・二形態じゃないねと言われ、確かにそうですよね。腕も長いし。

作戦は一時凌ぎだし、こうゆうラストだと続編も期待するひとが居るんでしょうねぇ




映画
by august22moon | 2016-08-29 23:03 | 映画 | Comments(0)

実況アナが、「テニス競技」と紹介するのが新鮮です。
「男子体操・団体」で、内村せんせいの心底嬉しそうな笑顔ったら!ああ、よかった



d0109373_18531212.jpgさてさて。わたくし史上2度目のゴジラです。本家日本のゴジラは初めて。
かなり高評価のようで、夏休み真っ盛りなこともあり、老若男女で盛況でした。トイレなのか途中で出入りされる方が多いのが、こうゆう夏休み映画ならではです。

日本のゴジラシリーズは見てないうえに、エヴァに至っては全シリーズ通しても30分も見ていないので、今作に散見されるらしいエヴァらしさも、過去作品へのオマージュも分かりません。
ですから、庵野作品としての面白さが分かったとはいえませんが、前半の官邸の動向にいかにもというリアリティーは感じられ、怪獣をメタファーとして、日本の危機管理体制を現実感あるものに成立させていて見応えがありました。

ゴジラが初めて人類の前に出現したところから始まる本作。「第二形態」が、どこか昔の特撮怪獣を思わせるよう。材質が判んないし、なにも見えてないような目もちょっとキモチワルイ。
ハリウッド版ゴジラは、頭が小さくて口もあの咆哮に対して小さかったですが、今度は口がでけい(笑)
路上からの人間目線で屋根を掠める尻尾とか、都内を進んでいくのを捉えた引きの映像などは迫力がありました。

「有害」な異生物「駆除」に自衛隊を出動させるまでの、まどろっこしい会議と閣議。
いったい何の仕事してるのか不明な長い肩書きも容赦なく出すのが親切なんだか惑わせてんだか。
「文部科学省研究振興局基礎研究振興課長」も、え?何課?とりあえず文科省ってのは判ったぞ、て具合。
(『突入せよ!あさま山荘』で、佐々氏の長ったらしい肩書の呼称問題を思い出しました。)
有識者として呼ばれた学者の「時間の無駄」さ加減(この3人のキャスティングが傑作)や、演者の顔の上に条文が重ねて映し出されるのもシニカル。スクリーン全面に出て読ませない文字量。
対策本部の命名も、スクリーンの端から端までの長さ。
つまりは、イザという時がんじがらめなわけですね。

対策本部の面々が様々に調査検討し、牧教授の残したヒントを推理していくのも緊迫感がありました。
(間准教授の広げた手書きの構想図が恐いぃ)
つまりは、個で突破するのではなく、組織的に打開していくんですね。
作戦名長いんで「八塩折」との命名は、ファンサービスみたい。

ぎりぎりのところで‘自衛’によって一時決着させ、「アメリカの属国になる」ことを回避できたと安堵するのも、これが今の日本なんでしょうね。
震災や原発問題での実際の官邸対応を想像させるポリティカルサスペンスでした。
登場場面が少ない役にも名脇役と評される俳優陣を配しているので、短い場面の中にも重厚感と密度がありました。

自衛隊の攻撃にも見応えがありました。
スクリーン上部からアパッチ・ロングボウが1機入り込んでくるショット、全機が同時に向きを替えるショットが素晴らしい。誤射もなく全弾命中。東富士からのMLRS発射。(映像は総火演ですね)
自衛隊幹部会議室のテーブルの小ささ光量の低さが実戦的!

作戦中にドジ踏んだり先走って足を引っ張る輩は皆無。全員がプロフェッショナルである爽快感がありました。
日本が本土決戦でどれだけの戦闘能力があるのかだけを見せて、豪快。

忘れてましたが、ゴジラはモーションキャプチャーだったんですよね。確かに独特の「運び」が出たところは妖しの生命感が見えて面白い。
日和見な里見総理臨時代理がラーメン好きというのは「さきがけ」の武村氏を思い出させました。ゴジラの進路が解明した時の貝原・・・じゃない高橋一生さんのリアクションはあれでいいのか?(笑)

アメリカ特使の日系人女性が、英語訛が無く英単語だけ英語発音で喋る唐突感も手を広げるジェスチャーも、エリートに見せる芝居が悉く漫画チックに陥ってしまい、現実味に水を差していました。
防衛大臣はメイクまで似せていたのに。
もう少し大人の女優さんっていないのかな
俳優さんたち皆さん早口で喋るのですが、滑舌が心許ない俳優さんもいて、聞きとれない単語がありました。

当初は事態がまだ解らずのんきに構えていたり、被害に合わない地域にあっさり日常が戻っているさまは、きっとそうなるんだろうと思わせます。
逃げ遅れるひと。瓦礫の山。作業する消防隊員と自衛隊員。避難所で粛々と過ごす人々。除染問題。
実際に日本人が経験してきた事象はくまなく描かれていました。
主要人物の背景や被害市民に焦点を当てて描かず、端的でありながら深く表現したのもよかった。
逃げ遅れた老人を背負った人も、走れないからと避難を拒否するのをようやく説得したんだろうなぁと想像させました。

「私は好きにした。君らも好きにしろ。」
『春と修羅』と共に残した牧教授の遺言は、庵野監督の5年間の思いが込められているようです。

・・・最後のあれ、リトルのように見えましたけど




映画
by august22moon | 2016-08-09 23:00 | 映画 | Comments(0)

d0109373_18154198.jpg日本版のポスターのほうが断然いいですね。
単にパーティーの一場面ですが、アンソニー・ホプキンスの嘲笑にも見える表情が、この事件の顛末を暗示しているようです。
流石そこに居るだけで威圧感のあるホプキンスならではでした。
サム・ワーシントンとジム・スタージェスというキャスティングも魅力的。

誘拐されたハイネケン社長が、誘拐犯を翻弄させるに違いないと思いきや、犯人たちと社長とのやりとりはたいして多くなくて意外。
とはいえ、囚われの身となっても堂々。犯人たちの脆さに気付くや、バスローブだ本だBGMを変えろと要求するふてぶてしさ。
挙句の果てに「バンバンジー」をオーダー・・・で、ちゃんと買ってくるってとこが可笑しい。
犯行が成功した後の、近しい者たちでありながら瓦解を向えるさまは納得の展開。
根っからの悪人でないが故にやがて、恐怖と不安を呼び起こしてしまうんですね。
ハイネケン氏の「金か友情か、どちらかしか得られない」の自説は、預言となってしまう。
彼にとって心を許せる相手は一緒に囚われた運転手だけだったのかな
だからあんなに心配したのかしら

コルとヴィレムがパリで逮捕される場面は、アパルトマンから出ると路地に人影もないのを不信に思う間もなく警官に包囲されていた、となるんですが、他の仲間にもいつの間にか背後に警官が迫っている。
犯人目線で展開し、警察の捜査の進展を見せないので、この逮捕場面がたいへんスリリングでした。







樋口真嗣監督作 『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』
d0109373_181442100.jpgアニメはちらっと見たことはあるんですが。
衣裳やセットなど美術さんはかなり頑張っている努力は感じました。

冒頭からアルミン役の方の説明セリフがずっとナレーションを聞いているようなのが気になりました。
音声の技術的な問題もあったのかもしれませんが、不思議な違和感がありました。
その後の登場人物のセリフも妙な違和感が続く中、橋本じゅんさんがフェンス越しに掛けた言葉が、ようやく脳内に届くセリフで。血の通った人間の声に聞こえました。

エレンが壁に向って「むかつくんだよ」は聞いてて恥ずかしくなりましたわ。
原作にもあるセリフだから言わせないといけないんでしょうか。古い青春ドラマのような反骨ぶり。生命を守ってきた防護壁に対してムカつくて・・・
で、案の定警備に制止されるんですが、この警備の方たちのセリフが驚くほどの棒読みでびっくり。

(ミカサの発音は、ミにアクセントを置くんじゃないのね。美香さぁーになっちゃうから?)

「叫ぶくらいなら舌を噛め」との威勢のいい命令下に、食いしん坊のサシャのお腹が鳴ったのが巨人に聞こえるって、喋り続けの話し声はだいじょぶなの?(兵士にはハンドサインってもんがあってだな)
キャラクターやエピソードは原作に沿っているのかもしれませんが、生身の大人の俳優さんにそのまま演じさせると物足りなくなってしまう。練り上げられていないセリフや、お粗末な心理描写が、俳優陣の奮闘を邪魔していました。

で、この国の兵隊さんにはピケという概念はないのかな?

巨人の顔って星人かゾンビみたいなのね。わあーお隣りさんも変身しちゃったーみたいな。
サトゥルヌスみたいな異界の禍々しさがあってもいいのに。

by august22moon | 2016-08-05 23:00 | 映画 | Comments(0)

d0109373_1320327.jpg15年日本公開作品。
主人公のアイヴァン・ロックが車内で電話をするだけのワンシチュエーションムービー。
大変面白かったです。

もちろん『チャイルド44』とは発音も『マッドマックス』とは声質も変えて地声に戻して、建設会社で責任ある立場と平穏な家庭生活を過ごしていた平凡な男を演じています。
なにかの決断を迫られてぎりぎりまで悩んでいたうえでの行動であることだけが示されて、徐々に状況や根底にある父親との軋轢も判明していきます。
見るひとによって、まったく感想も解釈も変ってくるストーリーでしょうね。

妻に、孤独な女で同情しただけで、酔ったあげくの一晩の過ちで愛情は無いと言いつつ、でも認知して責任はとるつもりでいると打ち明ける。
しかもそれは浮気相手の出産に立ち会うために病院へ向っている車内から電話されてるって、妻にとってまさに「強盗に入られて家をメチャクチャにされた気分」。

浮気相手であるベッサンという女性との関係性を表す会話が非常に面白かったです。
早産の不安から「窓が開いてて寒いのー」「誰も来てくれないのー」「また窓が開いて寒いー」なんてことまで電話してくるので、それでなくてもいっぱいいっぱいなアイヴァンを精神的に追い詰める、であろうと想像させますが、アイヴァンは疲労感を覚えながらも冷静さを保とうとしている。
自分しか話しをする相手がいないことを知っているから慰めたり力づけたりはしているけれど、「愛している」とは最後まで言わない。
「憎むほど君を知らない」。
これが出産することを選択した相手へ、お互いの覚悟を確かめる言葉。

後部座席の亡き父の幻影に向けて、恨みつらみを吐露する。
どうやらこの男は自分を捨て家庭を崩壊させた父親を恨んでいて、同じ男にはならないの一念で生きてきたようなんですが、今や同じ道を歩みかけている。
だからこそ、せめて新しい生命に対して責任を取るしか、それを回避する方法はないと考えたんでしょうか。

明日の「ヨーロッパ最大の」大仕事すら頼りないけれど彼しかいないからと部下に電話で指揮。
判明した施工ミスを補うべく作業員を呼びに走らせる。怒れる上司からはクビを宣告される。
200台のトラックを現場へ通すための「封鎖じゃない。交通整理」の警察への依頼確認。
(通ってない!ので)レストランで食事中の役所担当者への再申請。
持って来てしまった書類を読み上げながら指示するので、事故を起こさないかとヒヤヒヤ。
書類から目を挙げて、テールランプが霞んで見えるショットにもヒヤヒヤ。
でもこの作品は、なんとかこの状況下で乗り切ろうとする主人公の行く先を突然の交通事故で遮断することも、通話相手を映すこともせず、車を一旦降りて一息つかせることも、もちろんUターンもさせず、ただひたすら病院へ向かわせる。
それが「世界一行きたくない場所」なのに。

難産の末に生まれた子の泣き声に、ほっとして微笑むけれど、家族のことを思えば安心している場合じゃないのに。
息子の言葉や、仕事の実績やミスの対応を考えれば、全て失ったようでいて、もしかしたらチャンスは残されているかもしれないと思わせました。


【備忘録的追記】
「W座」の再放送で『チャイルド44』の字幕版が見られました。
ロシア語が解るわけではありませんが、ロシア語訛にしているのは判りました。

孤児院の場面。姉妹がトランクを提げて廊下の先に現れて、レオとライーサに伴われて階段を降りていくラストまでにレオの表情は少し横顔がシルエット気味に映るだけでしたね。
トランクを持ってあげてゆっくり3人の後ろをついて階段を降りて行くまでのレオの姿が、胸に迫ります。
君たちの両親を返すことはできない。申し訳ないと思ってる。涙ながらに謝罪するこの男の姿は優しさというよりも弱さであるように見えます。
よく泣くのよね、レオ。
どれだけのものを与えてもこの姉妹に真の幸福は与えてあげられないのだと、自身が孤児であるレオには分かっているんですよね。
最初は安堵感と見えた横顔も、ゆっくりとした動作で姉妹を気遣った姿は全身から涙を流しているようでした。

妻ライーサに言われた、保安省だから拒絶できなかったの言葉を忘れていないんでしょうね。
だから、「まだモンスターに見えるか」って尋ねたんでしょうね。


放映後のトークで長友氏、ロシア人は名前が覚え難くくてと、ストーリーについて言及せぬまま。
薫堂氏も、納得せざるをえない気遣いで応えるだけ。
文学ならともかく、俳優の顔で判別できるのに(笑)




映画
by august22moon | 2016-08-02 23:00 | 映画 | Comments(0)

d0109373_21858100.jpg行方不明の子供たちの連続殺人事件が主軸ではなく、スターリン政権下の旧ソ連の内幕モノなんですね。
アジアの某国同様、殺人は民主主義国家の病であるとして、ろくな捜査もせず事故で片付けられ遺族は堪えるしかなく、情報の無い市民は油断してさらに犯行は重ねられる。
トム・ハーディーが国家保安庁職員であっても、社会主義国家の建前の前に正義感を貫き通す男という役どころ。吹替え版だったのですが、ゲイリー・オールドマン始め俳優陣のロシア訛の英語を聴きたかった。

ゲイリー・オールドマンの冷徹ながら、渋々正義と真実追究に動く微妙な変化が巧い。
あっさり正義に目覚め社会主義の矛盾に対抗するというのではないどこか複雑さを残している部分がありました。
部下ワシーリーの嫉妬と逆恨みから反乱分子の汚名を着せられ地方警察へ飛ばされた挙句に、妻からはほんとうに好きだったわけじゃない保安省だから報復が怖かっただけなんて言われちゃって。
トム・ハーディーかわいそうに
ワシーリーの誘いにのってひとり逃げ出そうとする妻を駅まで追って、「お前がいるからこんな冷遇にも耐えられる」だなんて・・・

ラストがよかった。
廊下をおずおずと妻の後を歩いて、どこへ来たのかと思いきや。
あの日、ワーシリーが命令を無視して銃殺した夫婦の遺児を引き取りに孤児院へ来ていたんですね。
「あの日来てたひと?」と復讐の切っ先を感じたレオの懺悔の表情。
人形を詰めてあげたあの小さなトランクを提げた姉妹のシルエットを、許された安堵感で見つめる。
モスクワに復帰できた上に昇進までした胸のすく逆転劇よりも、救われる場面でした。


後半に差しかかった頃、引き抜いたままだった扇風機のコードの先のテーブルタップが、ぱたっと倒れまして。
ホラー映画見てたわけでもないのに、わ~!ビックリした~!
緊迫の場面だったのに笑っちゃいましたですよ。




映画
by august22moon | 2016-07-25 23:00 | 映画 | Comments(0)

d0109373_21173387.jpgさすがにJ系さん主演とあって、場内盛況。

アイドルスマイルを振りまくタイプの方ではないので、クセのある役でも頑張ってる感じがない。
それは何度か出演した大河ドラマでも感じたことですが。
この方もう37歳なんですね。びっくり。小柄なこともあるし動きの軽快さ俊敏さはやはりダンスの賜物なんでしょうか。20代設定も違和感がない。
舞台でも評価されているだけあって表現力は確かで、シリアルキラーの異様さは隙なく表せていたんじゃないでしょうか。
犯行を直接的に見せず想像させるのもひとつの演出手法ではありますが、容赦ない暴力と異常性を直接見せて生易しい映像にさせなかったのは見事。

演出構成がユニークで、前半は「森田君」を絡めるだけで、「岡田君」の冴えないけれど平凡で平和な日常が映されて、だいぶ経って岡田とユカに、遂に「シリアルキラー森田」が忍び寄って来たという場面で初めて、テーマ曲とタイトル、キャストが表示される。クールですねぇ
それまで、岡田君を演じる濱田岳さんと安藤さんを演じるムロツヨシさんの軽妙なやりとりに笑わせて、そこから遂に一変するというのがゾクゾクさせました。
とにかく前半のふたりが可笑しくて可笑しくて。
いかにも怪しい安藤さんのユカへの不自然極まりない無理やりな誘いに、岡田君が横を向いて「だめ、だめ」と口だけ動かすとか。
ユカが実は岡田君が好きだと打ち明けた時に、「俺と同じ名前!?」とか。
自販機の陰に立っている安藤さんの斜めな態勢とか。
その安藤さんがショックで奇声を発するのに驚くユカを宥めようにも安藤さん叫び続けるんで「安藤さんウルサイ」とか。
もうね、この岡田君がシリアルキラーと対決してユカを守れるのかしらと心配になります。

ちょっと分からなかったのが、岡田君はなぜカフェで平然と森田に声を掛けられたのか。
ユカのストーカーらしい男が偶然同級生だったからといって、何年も会ってなかったのに突然声を掛けるのは躊躇われるという事だけでしたよね?
あれほど森田に対して後ろめたい事件があったのを、あの時は忘れていたの?
忘れられるかなぁ?一生着いて回る負い目でしょう?
岡田の性格上も、もう忘れているだろうと過信するほど無神経ではないと思うんですけど。

ラストは原作とは変えたそうですが、このラストのなんと痛切なことか。
岡田のことをまったく憶えていないと言った森田の車内での急変で記憶が甦った、岡田の回想。
出会いの時の初々しい会話。
日盛りの庭を望む部屋でのTVゲーム。
「おかーさーん 麦茶持って来てー」は、あの時の言葉なんだ

イジメという名で悪ふざけのように誤魔化される暴力の罪深さを、強烈に示した点では秀作だと感じました。

それにしてもニッポンのおまわりさん、手緩いなぁ



映画
by august22moon | 2016-07-24 23:00 | 映画 | Comments(0)

d0109373_21285460.jpgJJ・エイブラムス制作ですが、この監督は長編映画初監督作なんですね。
ミステリタッチのSFって、風呂敷広げることに執心しすぎて結末が萎んだりすることがありますが、結末もなかなか良かったんではないでしょうか。
宇宙人襲来という昨今流行りのテーマに、監禁のサスペンスが盛り込まれて、その男(ジョン・グッドマン)の正体が徐々に判明していく過程が面白かった。
第一、あのシュエルターが自分の為とはいえ快適に出来ているので、そこで怪しさが軽減されちゃう。
出たいと訴えるミッシェル(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)をなぜ阻むのか、いいひとと見せかけてやはり怪しいんじゃないかとちょこちょこ惑わせるのがね、演じるJ・グッドマンの巧みさもあって緊迫感がありました。
ジュークボックス前のあのダンスがね、また油断させるわぁ

酒瓶1本でUFOを破壊しちゃうってのも、ウイルス感染させる以上に乱暴ではありますが、まあいいか

主演のウィンステッドって、『ダイハード・ラストデイ』の時とは別人のように魅力的。
大きな眼は危機感や恐怖が効果的。
避難ではなく、さらに闘いに挑む決意の表情も力強かった。

バトンルージュって地名はなんだか、忘れた頃に出てくる気が・・・




映画
by august22moon | 2016-07-22 23:00 | 映画 | Comments(0)

d0109373_16554542.jpg県内では静岡市清水区にあるMOVIX清水でしか上映していないので出掛けてきました。
通りかかったことはあるのですが、映画館の入っている「エスパルスドリームプラザ」に入るのは初めてでした。ドリーやあんぱんまん目的であろう親子連れでロビー大混雑。早目に到着していてよかったです。

75分は短いなぁと思っていましたが、やはり見終わってみるともっと見たいと思います。
それほどふたりのやりとりは傑作。
「誰が見んねん」の掴みから、随所で笑いが起こっていました。
原作未読なので後で改めて読んでみましたが、顔立ちは違ってもふたりの巧さで、原作の世界観は崩れてなかったんではないでしょうか。
内海役の池松さんはもとより芝居が巧いので、「第0話」の、なぜそこで会うようになったかまでの流れが非常に説得力がありました。ひとりになるつもりだったのになんでコイツまた居るねん、な表情が秀逸。
瀬戸にしてももう少し面白く過ごせる場所も知っていそうなのに、そこに来るしかない事情がありそうだし、内海のために付き合ってるようでもある。なんてことをさまざまに想像させるチカラが、演じる菅田さんには在りました。
大した内容もないことをやたら可笑しなやりとりをするって、若いコにはよくあること。
そんなどこにでもある、でも今しかない瞬間の可笑しみが在りました。

驚いたのは、特報映像にあった「けん玉」「タイミング」「スタンディングオベーション」が、本編には無いこと。
スクリーンでも見たかったのに。
ぜひとも続編でもっといろいろ見せてほしいんですが、主演のふたりが超売れっ子ですから無理かな

オリジナルエピソードの「花火」で、
暗がりでゆらゆら歩く人影に驚いた瀬戸の、こっち来んのか、向こう行くのかわかんねー!みたいなセリフが可笑しかった。
線香花火になかなか火が着かなかった時の池松さんが小さく「かぜ」とつぶやいたとこ、好きですわぁ

内海の「もっと大きいのよこせみたいな相槌されても」も可笑しかったー

BGMにタンゴが流れますが、漫才ではなく、タンゴということなんですね。なるほど~






さて、あっと言う間に上映も終わり、雑貨屋さんやゲームコーナーやイートインスペースのある施設内を見物。随分と欧米系外国人さんが多いなあと思いながらウロウロ。
灼熱のテラスでヨットハーバーなど見ておりました。右手の日の出埠頭に大きな建物があるのかと思いきや、なんと大型客船ダイヤモンドプリンセス号が停泊していました。
寄港中に乗客の方々がこの辺りを散策されていたんですね。
タコヤキに挑戦されたりソフトクリーム食べたり、雑貨を不思議そうに眺めたり、思い思いに楽しんでいるもよう。
この日は北東方面が凄い雲で、富士山がまったく望めず残念ですね。
  
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映画
by august22moon | 2016-07-19 23:13 | 映画 | Comments(0)

d0109373_18301750.jpg前作が面白かったので期待があったんですが、なんか、途中で飽きてきちゃった・・・

前作は、ジェフ・ゴールドプラムの父親との問題や現大統領とのちょっと笑えるしがらみとか、大統領夫人のがんばりとか、人間ドラマに面白いエピソードが満載で楽しめました。
型破りなパイロットのウィル・スミスが宇宙人をグーパンチでのしちゃったり、「おまえ、臭いんだよっ」なんて文句いいながら基地まで引きずって行くなんてのが可笑しかった。
大統領が「エリア51は存在しまして」なんて国防長官に打ち明けられて呆気にとられるとなんて、傑作な場面でした。

しかしこの続編では、そうゆう人間らしいエピソードが、ことごとく弱くて印象に残るものがない。
だから、闘いに挑む勇壮さもイマイチ迫ってこない。
前作の大統領演説を続編の予告に使うのは、いいアイデアだと感心したんですが、さわりとはいえ今作中に2度も流すのは多い。むしろ無くてよかった。
ホイットモアに覚悟を語らせ、周囲に居合わせた戦闘機パイロットたちが居住まいを正して士気が高まる、というのもしつこく感じてしまいました。
それをなぜ、現在の女性大統領にやらせないのか。カリスマ性の問題か。

20年経って、やはりその宇宙船や戦闘機のデザインの緻密さユニークさは目を見張るものがあるんですが、エイリアンの技術を応用(借用?)していることからして、人類が(ってアメリカだけですが)一丸となって地球を守るっていうカタルシスが無い。
剣を扱う部族の長がエイリアンを剣で倒すんですが、こうゆう闘い方も入れてはいるんですけどね。
折角入手した新技術だから利用するのは理解できるんです。それにしては月面基地は一蹴されちゃって・・・

俳優の風貌が役柄に合っていたのが、アメリカのプロパガンダムービーらしさを引き起こしていたんですよね。ロバート・ロッジアの将軍とかアダム・ボールドウィンの少佐とか。
ケネディに似せた風貌の大統領とか。
女性大統領にしたのが結果的にタイムリーになりましたが、それらしく見えませんでした。
(つくづくグレンクローズは巧かったなぁと思います。大統領との友情まで匂わせて)
ウイリアム・フィクナーも、将軍にも大統領にも見えないし。
中国人出すのはもう構わないんですが、中国語捲し立てる設定ってのは必要なのかしら
そんなに意識しなくちゃならない市場でしょうかね・・・
研究スタッフの中にフランス人をひとり配するというのも、私は『未知との遭遇』のトリュフォー(通訳連れてほとんどフランス語で押し通すっていうのも気質を表して面白かった)から知りましたが、独特の空気感の違いが出ます。


娯楽作品と割りきって見ましたが、
この前見た別の映画では、コーラを飲むのも忘れて見入っていたなぁなんてことを思い出す始末。



映画
by august22moon | 2016-07-15 23:00 | 映画 | Comments(0)

d0109373_1723439.jpgこの作品も3ヶ月遅れでようやく先週から地元公開が始まりました。

予告編で『ファンタスティックビースト~』。
古き佳きイギリスの風景がこれほど似合う若手俳優さんはいませんが、そのうちコパーフィールドとがドリアングレイなんかも演じちゃうんじゃないでしょうかね
ゲルダを演じるアリシア・ディカンダー(ディキャンベルって読み方のほうがいいな)はスウェーデン出身なんですね。アカデミー賞でのドレスは「ベル」みたいと称賛されていましたが、あれ、スウェーデンのナショナルカラーって意味ですよね?とEURO16見ててようやく気付きました次第です。


玩具箱のように同じ小さな窓が並ぶカラフルな外壁の建物。運河沿いの市場。整然とした可愛らしいコペンハーゲンの町並みに対して、アイナーとゲルダが住むアパート室内は、まだ若く裕福ではない夫婦の部屋としても殺風景でしたが、その分、変化してゆくふたりの姿が映えました。窓からの光りもやさしい。
衣裳合わせするダンサーをチュチュ越しに撮った画の美しいこと。

画家であることがゲルダという女性にとって大きな意味があるわけですね。
彼女の持つ画力が、無意識に夫の隠された部分までも描きだしてしまった。目の肥えた美術愛好家にはそれが感じとれてしまったんですね。モデルとなった女性の奥底にある何かを。
彼女の能力が、図らずも「リリー」もよって目覚めさせられた。それを彼女自身も少なからず驚きを持って知ることになるこれは、リベラリズムってことなんでしょうかね
苦しんでいる夫をこれ以上傷つけたくない。しかしこのまま進めば、自分は捨てられるのと同じ。浮気されるほうがまだましだわねぇこれじゃ。
開放されるや大胆になっていき、「リリー」として活き活きと外出されたりすると、利己的に見えてしまうんですよね。ただ、そのところをアイナー自身も分かっているのか、公園で冷やかされ殴られた後に向うのは妻の元ではなく、友人ハンスのところなんですね。
この夫婦にとっての救いが、この理解ある友人たちがいたことですね。つかず離れず支えてくれている。どれだけ救われることか。

手術を受けるために出発する駅の場面は、ゲルダにとっては夫との今生の別れ。
アイナーにとっては希望への旅立ちでも、妻にとっては、こんなに残酷な別れはないわけだし。
ゲルダの辛さが胸に迫りました。
列車の中で嬉しさを隠そうとしないのを見せられるとね、やっぱり身勝手に見えてしまうんですよね。
2回目の手術まで間を置かなくちゃいけないのに、生き急ぐように直ぐに2回目の手術受けるなんて言うし。その為に薬の用法容量守らないし。ったく

ゲルダは、支援するパートナーというより、母親のように見えてきました。

1回目の手術を乗り越えた後、デパートの香水売り場で働く「リリー」。
パリに住んでいたことを活かしなさいと上司に言われ、はにかんで俯くところが巧い。
「パリではパヒュームは身体につけません。空中に吹いて・・・潜ります」
・・・これは、お客さん買っちゃうね
この場面、香水瓶越しの画も美しい
遂に「Danish girl」になれて、女性同僚たちと談笑しながら退社するさまも、なんと幸せそうであることか。

簡単に整理のできない問題に悩み惑い続けるアリシア・ディカンダーが巧かった。
繊細なガラス細工のようなエディ・レッドメインに比べて、自ら人生を切り開いていこうとする逞しさが感じられました。

いつか夫から渡されたスカーフが風に飛ばされたのを掴もうとするハンスを停めて
「このまま飛ばさせてあげて」。
この時のアリシアの、感情が溢れ出た表情が素晴らしい。
ようやく彼は自由になれたのだという涙の中に、夫婦のままでいたかったという涙は混じっていなかったのかな

フィヨルドの上を舞う絹のスカーフは一瞬、かもめのように見えました。



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by august22moon | 2016-06-24 23:00 | 映画 | Comments(0)