出会った本、映画の感想。日々のこと。

by august22

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d0109373_12443312.jpgテーマとしては食指の動くものではないのですが、『宇宙人ポール』で脚本家独特の役を俯瞰視しているようなやりすぎない演技が好ましい印象だったサイモン・ペグが主演なので見てみました。
『ミッションインポッシブル』は見てないんですねー。予告編しか。
調べていたら『フォースの覚醒』で廃品買い取り商人の役だったんですね。あのヴォルデモートみたいな?わかりませんよぉ

原作はフランスの精神科医の著作ですが、経験譚なのかな?
上司に、中国へでも旅行しようかと相談していると、絶妙のタイミングでドラの音が響き渡る。ゴォォォォン
ええ?と音のする方を見やると、職員がスチールのお盆を落とした音だったという場面は大笑い。
ガランガランガラン

他作品の演技や同じ共演者などを引きずることは作品の魅力を半減させる愚だと思って、意識してないつもりなんですが、ロザムンド・パイク演じる恋人クララの、快活で誰にでも愛される人柄や母親のように気が効きすぎる世話好きぶりに、裏があるような気がしてしまいましてね。満面の笑みにどこか病的な陰があるようで。せめて髪型とメイク変えればねぇ
『ゴーンガール』の印象が強いというよりもなんか、このひとあんまり変わらないような・・・

で、このヘクター氏が、精神科医として忠実に悩めるひとたちばかりに向き合いすぎてしまうのか、需要と供給のバランスか、しあわせとはなにかってリサーチする旅に出ようと決心するわけです。恋人からも距離を置いてみようと。
患者に向き合っているときは心を開けそうな医師なんですが、白衣を脱いだら途端にどこか抜けてる。
これは恋人がいろいろ世話してあげなきゃと心配するであろう頼りなさ。
後に著名な脳科学者が幼稚なと驚くほど。
無邪気な子供みたいに天然な素が出ちゃう。このギャップが可笑しい。

イギリスから、遠く異文化世界を選ぶんですね。中国、チベット、友人のいるアフリカ、そして元カノのいるアメリカ。
とまどいながらも送りだすクララ、「もっとソックス持っていけば?」
「そんなにソックスばかり持っていっても・・・」
クララが開けた引き出しにはもう2-3枚しかソックス残ってないのよ~
で、彼女からのサプライズプレゼントで、トラベラーズノートが荷物に忍ばせてある。ヘクターは喜ぶんですが、1ページ目にメッセージと共に自分の写真なんて貼るのをパイクがやると恐いよぉ(笑)
このノートに旅のテーマである「幸せ」についてリサーチして、心に残る言葉や学んだことを書いたり、風景を描いたりする。いいなぁ、写真ばかりじゃなくノートにスケッチまで記すって。
後にちらっと映るんですが、彼、就寝時にブリーズライトみたいな鼻腔拡張テープが必需品のようで、使用済みのテープもホテルの名前なのか何か書きこんで、ノートに貼ってあるのが可笑しい。

彼が出会った人たちの「幸福論」の言葉自体はチベット僧侶の格言以外、個人的に響くものは無いんですが、イラストがとても魅力があってよかったです。そこに実写重ねたり動かしたり。
(しかしカノジョの写真が貼ってあるノートに浮気の証拠ともなるようなイラスト描くってどうゆう神経?)
この絵は監督のかなぁ、サイモン・ペグも描けそうだけど。

座席が重複発行されるミスによって、図らずもビジネスクラスに移動となってごきげんのヘクター氏。
はしゃいでわちゃわちゃしてるもんだから、ウエルカムシャパンのグラスを床に落としちゃう。「割れない材質ですからご安心を」と客室乗務員に言われるや、お皿はどうだと試してみてガッシャーン。子供かっ。
空港出て地図広げているところに隣席だった社長さんが声かけて、だら~っと伸ばした地図が脚に絡みそうになって通りかかったカートに躓く。バゲージラッピングに自分まで巻いちゃう。ミスタービーンかっ。
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ノートに描き込む都度ペンを探して、隣り合わせた社長からは「必ず返せ。このペンはおまえの車1台分だ」と言われたりするんですが、こんな他人にはめんどくさいとこが後に命を救うことにもなる伏線となってるのも面白かったです。ネーム入りでよかったね。

チベットでは、寺院を訪ねて「幸せとは?」なんてインタビューするも「月曜は定休日」と素気無く扉を閉められちゃうんですが、老師に温かく迎え入れてもらう。
ポタラ宮のような奥地で、達観した老師の含蓄ある言葉に、そこにあるそこだけの「しあわせ」を知る。
経済発展著しくもいまだ貧富の差があるのを痛感した中国から、迫害を受けているチベットへ行くというのが面白い。中国では公開されないかもですね。
チベットの場面はとても良かったです。
パラボラを立てるのを手伝う夕暮れ時のシルエットも美しい。
質素だけれど心の豊かさがあることを知るのですが、ここが結構近代的。
若い僧侶がスクーターですい~っと走り抜けて行ったり
「え!skypeできるのー!?」
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在る時、老師が呼ぶので外へでると、風が吹いてタルチョがはためいている。
タルチョの下で僧たちは歓声を挙げて飛びまわっている。
老師曰く「これがすべてだ」
この時の抜けるような青空と五色のタルチョがとても美しくとらえられていました。
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この老師に中国からの迫害についても尋ねますが
「不幸を避けることが幸福ではない」
ひとは誰もしあわせになる権利があるんですねと言えば
「もっと上だ」
「しあわせになる義務がある」と。
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政情不安定なアフリカでは、厳しい医療環境を体験して、精神科医はここではなんの役にも立たないと痛感するんですが、病気の子供に向かっておどけてみせて笑顔を引き出すことができる。
ロス行きの機内では「お客様の中でお医者さまはいらっしゃいますか?」となり、重篤な容態を押して親族に会いに行く女性に出会う。痛みの負担を和らげるために高度を下げさせ、横になりやすいようにファーストクラスに移させる。
そして最期の時が近付く覚悟と哀しさを語る女性に寄り添い、心の負担も軽くしてあげる。
空港に到着し、女性の無事を知らせる機長のアナウンスに、乗客一同から拍手が起こる。
ファーストクラスにまで届くその拍手に合わせて、女性に向けて小さく拍手してみせるヘクター先生。
この拍手する場面が特に良かった。
女性は感謝を込めて「話しを聞くことは愛情を示すこと」だと、笑顔で救急車に運ばれていった。
「しあわせとは天職に就くこと」。アフリカの診療所で働く友人の言葉が甦るわけですね。

ラストは予想通りなのですが、ノートのイラストとチベットと機内の場面はとても心に残りました。
若い頃のアンソニー・ホプキンスに似てる?と思いましたが違いますかね。



映画
by august22moon | 2016-04-28 23:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_16443985.jpgジャン=ピエール・ダルデンヌとリュック・ダルデンヌ兄弟の監督・脚本作品。
本作でサンドラを演じるマリオン・コティヤールがアカデミー賞主演女優賞にノミネート。全米批評家協会賞などで主演女優賞を受賞。

70~80年代のロマンチックなアヴァンチュールでも描写したフランス映画みたいな邦題が、逆に効果的。
映画としては地味な主題ですが、サンドラが訪ねる同僚が抱える家庭の事情や思惑が、次はどんなだろうかと引き込まれてしまいました。
冒頭からサンドラがソファで昼寝をしているとこるに電話がかかってくるんですが、ちょうどおやつのタルトが焼きあがってオーブンのアラームが鳴る。
サンドラはただ昼寝してたわけじゃなく、ひとつの家事を終える度にだるさが襲って横になるしかなかったんですね。薬も服用しなくてはならない状態。
ようやく復調した途端に解雇され、抗って闘うためにも目覚めるわけです。

アジア系企業進出による経営難から人件費削減は避けられないところへ来て、サンドラの病気休職は千載一遇だったんですね。自ら泥をかぶることを避けて従業員自身に仲間の復職かボーナスか選ばせるというのが恐ろしい。
私が以前勤務していた職場でも、大病完治後の復職を約束しておきながら休職のまま解雇された仲間がいました。体調を案じるふりで追い出す経営者は珍しくないのかもしれない。

応援してくれる仲間が再投票と提案しては16人の同僚を説得する選挙活動しか方法が無いのでしょうが、みんな経済的にボーナスは必要だと分かっているから辛いところ。
罪悪感もあるところで本人に訪ねてこられては、とにかく申し訳ないと謝るほかない。
中には、とんでもないと断るひともいるけれど。
「息子の進学費用。妻も失業中」「リフォーム代」「新居に家具が必要」「内緒でバイトしても生活が苦しい」
そして「契約社員だから多数派に従わないと契約を切られる」。
誰もが余裕のない生活をしていて抱える問題があり、そこも痛感しながら生活のために頼まずにいられない辛さも伝わってきました。
遂には、主任が先回りして、断るよう釘を刺さしていたことも判明する。

日本人なら深々と頭を下げるところですが。
プリーズと両手を合わせたりなんてこともせず、涙に訴えることもしない。
社長と上司の横暴や理不尽に屈しないで欲しいと真っ直ぐ目を見て頼む。
それでも、ひとの生活を脅かしてまで戻っても針の筵かもしれない。罪深いことをしているのではと悩み始めるのも痛いほど分かる。
子供たちの朝食のパンを買ってくると出掛ける。その抜け殻のように、しかしある決意を持って歩く表情が痛切。間に合ってよかった。仲間が訪ねてくるのがもう少し遅かったら。
ラストは予想通りですが、社長の出した案に最初のうちは完全譲歩かと思いきや。
辛い闘いを戦い抜いたその事実だけで充分として、新たに歩き出さなくてはならない不況下の労働者の苦悩。
観客もそれぞれに自らのこととして考えずにはいられない作品です。

いつかの「W座からの招待状」で見たのですが、薫堂さん大怪我してお休みされていたんですね。
長友啓典氏曰く、よくぞコメディーにしなかった。確かにドタバタコメディーにもなりそう。
そこをあえて平凡なひとびとのどこにでもある問題として描いている。

小山さんの代打で濱田岳くん。「ひと月分だけと言われてます」。
長友氏ったら「慣れてきただろうから、このまま続けたら」と、今作に絡めたジョーク。
「薫堂さんの週末」になっちゃうじゃないですかっ



映画
by august22moon | 2016-04-26 23:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_23204871.jpgこちらもクリスマス前後のお話しですが、アットホームな心温まるクリスマス風景はありません。
ツリーを買う場面は子供もいるし楽しげなんですが、キャロルが仄暗い居間のカーペットに座ってプレゼントを包装する場面もどこか寂しげ。
ラジオから流れる新年を祝う音楽からも部屋の外の喧騒からも遠く離れて、ふたりのいる空間だけに真実の時間が流れているよう。
パトリシア・ハイスミスが別名義で出版したほどに当時としてはスキャンダラスな内容とされた作品は、出会ってしまった者同士の続いても別れても辛く苦しい関係は、普遍的なテーマともいえます。

50年代の時代を表した映像が、哀しいふたりを余計に悲しげに映しました。
監督のトッド・ヘインズ、『エデンより彼方に』でも、50年代というまだ人種差別が強かった時代に、黒人の庭師と普通に接しているだけで異端視されてしまった女性を描いたもの。
世間では禁断と犯罪者のように後ろ指さされるという点では共通していますね。

この時代のファッションも素敵。
ウエストを絞ったツイードのスーツ。ハイヒールの緊張した脚元。肩にかけたカーディガン。
おとなの華やかさを表すくすんだ朱色。しっとりと濃い深紅。パールのネックレス。コンパクトなハンドバッグ。ウエーブした髪。女性がもっとも女性らしい時代です。

落ち着いた色合いの服に赤で華やかさを演出するキャロルに対して、バイトしながらで決して裕福ではないテレーズは地味目な色合いが多いので、旅行で着るために大事そうに鞄に入れた赤いセーターが印象的に映ります。テレーズが窓の外の景色を見ながらりんごを齧るのは、隠喩ではなく直喩。
そしてテレーズが赤を着た時、キャロルはブルーグレーのアンサンブルニットを着ていて、赤が被らない。
当時独特のブラウンなのかグレーなのか混ぜ合わせてくすんだ虚ろな色は、いろんなものを背負いすぎた重苦しい惑いのようです。

ケイト・ブランシェットがいつも以上に、硬質な美しさ全開で圧倒されます。
クリスマスショッピングで混雑するデパートで、一瞬で目を惹く美しさと気品。
全ての光りをそこに集めてしまう。
さらりと振り向いて「帽子似合ってる」とジェスチャーするかっこよさたるや!

ルーニー・マーラがまさに天使。まさに「天から落ちて来たひと」。無垢で純真。こちらもキャロルならずとも魅了されるであろう可愛らしさ。素の彼女も控えめな感じですから似合ってる役柄。
食事中に、キャロルの問いに答えるのに口元をちょっと指先で抑えて急いで呑み込むとこなんてかわいい。
離婚調停中で苦悩のただ中にあるキャロルと違って、テレーズは写真家を夢見ている未来ある若者。恋人との関係に悩んでいるのもなぜなのか自分の中で整理しきれていない。
物静かで感情をあまり表に出さないタイプの女性が、心ときめかせ静かに歩を進めていくようすが表現されて見事。
ふたりはそれぞれに言葉少な。心の揺れ動きも決心も言葉にしない。
ただ表情と仕草だけで相手への気持ちを表現させているところが絶品。

テレーズの恋人役が、『クーパー家の晩餐会』のジョー役のジェイク・レイシーなんですね。帽子被ってるし目つきも全然違うんで分からなかったー
キャロルの夫役のカイル・チャンドラーも、顔立ちがいいひとっぽいので、テレーズとの関係も壊して娘すらも奪うことになるんですが、夫としたら妻を取り戻したいと必死なわけですよね。一番苦しんでいるひとなのかもしれない。

それにしてもキャロル。行動が早い。躊躇してない。ことテレーズに関して一直線。
別れも、苦しみながらも一旦は決断するわけですから。強いんだ。
テレーズも控えめで自分を主張することはないけれど、写真家という夢を密かに持っている。
子供の頃から、お人形さんより電車遊びが好きだったほど、部屋に閉じこもっているオンナノコではないんですね。
出勤時の従業員入り口でサンタ帽を配られるのをみんなすぐ被って、社員食堂でまでもみんな被っているのに、上司に注意されるまで被らない。お祭り騒ぎの高揚感がないだけで反抗的な態度ではない。そこに彼女の性格が出ています。
キャロルの去り際の「似合ってるわよ」も、ほんとは気乗りしないのに無理に被らされてるんでしょ?って内心見透かしてる表情がいいです。
気付かれちゃったら一気に気持ちが近づいちゃうわよね。

ラストは、『卒業』を思い起こさせると思ったら、監督は主演ふたりにその話もしたとか。
バスに乗って、さあ問題はその後なわけで。そこからまだ長い人生が続く。そのバスは何処へ行くのか。
もっと連想するなら、『小さな恋のメロディ』。子供たちのお話しだけど、子供たちだけにさらに絶望的で残酷なエンディング。終焉に向かってトロッコは進んでいって終わり。
テレーズに気付いて、ゆっくりと笑顔に変わった時、その笑顔は喜びのようでいて無防備ではない。顔の角度を変えてまっすぐテレーズを見ていない。そのまま視線を戻すのは簡単じゃないか、そのほうがいいとね、過ったんですが。
オープニングのスタッフキャストロールの文字は水色で、エンドロールがピンク色なのは暗示的なのかな。
それならふたりはふたりだけの真実を貫いて、バスに乗ったのかな



映画
by august22moon | 2016-04-23 23:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_20565253.jpgもしアメリカ本国と同じ12月に公開されていたら、見終わったあとにオーナメントひとつふたつ買い足したくなったでしょうね。

クリスマスに集うクーパー家のメンバーは、祖父母、父母、その娘(次女)と長男とその元妻その三人の子供、母方の叔母。
四世代、つまり11人いる!
そこに娘が親を安心させるために恋人と偽って連れて来た男性と、おじいちゃん御贔屓の女性が加わって、さらに賑やか。
長男ハンクが離婚しているんですけど、3-4歳くらいの娘がいるのに離婚してるんですね。
次男坊のボー君が、お兄ちゃんにプレゼントを探すのに、大混雑のデパートのエレベーターで隣りのひとの荷物に頭押されちゃってるショットがおもしろかわいい。
ひいおじいちゃんバッキーを演じるアラン・アーキンが日参するダイナーのウエイトレスのルビー役がアマンダ・セイフライド。
将来に希望を持てずに辞めるというルビーを、変わるべきは場所じゃなくて自分自身だと励まし諭すんですが、居合わせた調理中のスタッフが密かに涙するなんて、ちょっと笑えるけれどいい場面でした。

恋人のふりをしてあげる帰還兵役のジェイク・レイシーの優しく穏やかな表情がとてもよかったです。話しを聞いている時や、共和党員かと揶揄されて苦笑する表情もね、よかったんじゃないでしょうか。
サンタさん体型のジョン・グッドマンはその風貌もあって些細な仕草も可笑しみがあるんですが、余計なこと言う家族に黙れとばかりに、握ったフォークを向けて右の手のひらでトンと柄を押すなんてのも笑えました。

みんなクリスマスだけはハッピーに過ごそうと必死だというセリフどおり、無理もしなくちゃならない。
毎日苦労の連続でいいことなんて数えるほどの日々だからこそ、一大イベントだけは寂しい思いや言い争いはしたくないから。
結局は隠していた軋轢が露呈するんですが、吐き出した後には労わり合って、やっぱり家族っていいねとなるわけです。

クリスマスの街の風景も素敵。
イルミネーションやリースで飾られた家々や店舗や公園。どこもかしこもきらっきら。
バッキーが運び込まれた病院も飾りつけされていましたが、ERの廊下天井にガーランドライトが飾られているのが可笑しい。
街角ではハンドベルの演奏やコーラス隊。
かと思えば、電車や歩道には出勤途中のサンタさんたち。新聞読んでたり、気だるく車窓の景色眺めてたり。
ビジネスライクに、喜ばれようが号泣されようがお愛想なしで役割をこなしているのも、可笑しい。

舞台となるクーパー家のツリーはさすがに豪華ですが、他は厳選されて飾っているようなのが、洗練されたおとなの家って感じでした。
あちこちにガーランドライトが多様されていて、その仄かな光りがきれいでした。
背後の広い窓の外にはずっと雪が降り続いていて、それがとてもいい背景になっていました。

歌も楽器も達者な俳優陣が揃っているので、恒例のクリスマスソング合唱はやたら本格的。
私はやっぱり「Have Yourself A Merry Little Christmas」が好き。
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暖炉回りも落ち着いた飾りつけ。
よく見ると本棚隣りの棚にはガラスの置物が並べられています。これにもきっとライトが反射してきらきらきれいなんでしょうね。
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印象的だったのが、ダイニングテーブル。花やグリーンを飾るんでなく、ガーランドライトをセンターに置いて、その灯りがグラスに反射してきらきら輝いて、とても美しいテーブルでした。
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すべて丸く治まってハッピーエンディングのほのぼのストーリー。
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クリスマスシーズンのアメリカにはこうゆう映画が必要なんですね、きっと。

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映画
by august22moon | 2016-04-21 23:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_191018.jpgにのさん見たさで気は急いたのですが、ファンの方たちで混雑してるという友人の情報を得まして、春休み終了を待って待って待ち過ぎて、ようやく行けたのでした。

原作をまったく知らないので、「死神」のビジュアルを予習したのですが、スリーピーアイのお優しい風貌とギャップがあるがゆえ尚更に恐れられたということなんですかね。

アクションシーンでは、映像凝り過ぎてよく見えないじゃないかー
バーンと飛んでクルクルって回ってドーンってとこが見せ場なのにまったく見えないじゃないかー
「いっしゅんだぞ。よくみておけ」なのにー
捕えられてからの表情が、可愛いですこと可愛いですこと
‘一枚に割れた腹筋’が見えちゃうーと心配しましたが、なんか少し鍛えられたみたいでしたね。
でもそのあと、瀕死のあぐり先生を支えて屈んでいるとこで、ちょこっと見えたお腹がふっくらしてるようで。
まあ、演技の巧さには関係ないから構いませんですけどね。

出生不明で誕生日すら知らないという孤高。
ジェイソン・ボーンみたいな純真な部分も残し謎に包まれた雰囲気を醸し出すのも絶品なので、哀しき暗殺者がいいですねぇ。
変身させられてなんであんなにおちゃらけたオモシロオカシイ人格になっちゃったのかしら
スピンオフで死神時代を描いてくれたらいいのに。

『母と暮らせば』見ないで、こっち見るという。どうゆうことでしょ私。

殺せんせーが来るまで生徒たちは非常に現実的な世界を生きていた普通の人間。防衛省情報部の、ミッションコントロールセンター?みたいな?あのセットだけは『ワイルド7』並みにとても凝っていて、これも現実的世界の側にあるように見えます。
ただ、暗殺者のイリーナと教師兼研究所員のあぐり先生だけは、妙に現実感に乏しい女性なんですね。
現実を凌駕する脅威も、無邪気すぎてもはやおばさんにはよくワカリマセン
こうなったら意外過ぎて傑作なんじゃね?という究極の設定のざっくり感がウケているんでしょうか

カエデ役の山本舞香さんは初めて拝見しましたが、美人さんですね。二階堂ふみさんに似てません?
菅田将暉さんも、スレンダーな肢体を活かしたアクションシーンはきれいな動きでした。

鬼ちゃん売れっ子ですねぇ私は金ちゃん派ですけど。



映画
by august22moon | 2016-04-14 21:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_1481744.jpg映画館へ行く途中から雨が土砂降りになって、スカートぐっしょり。ハンカチを敷いて座ったけれど、シートは湿気っぽくなってしまいました。


第88回アカデミー賞作品賞候補作品。
今時「華麗なる~」なんて珍しいですが、このサブタイトルは本編からまったくズレていました。タイトルまでいじったのは金融経済に疎い観客を誘い込むためか、原作者とブラッド・ピット繋がりで思いついたのか。
予告編もまるで『オーシャンズ』みたいに高揚感や爽快感を煽りますが、終盤に向けてつのるのはむしろ恐怖感。惹句のアウトローも違う。アウトサイダーのままでいいのに。

重苦しくて考えさせられる展開と結末でした。
助演賞ノミネートのマイケル役クリスチャン・ベールは安定の巧さ。
子供時代がひとつのしかし痛切なエピソードで表されます。試合中に「もう帰る」が涙を誘います。「先生、ナイスプレーを褒めてたぞ」と支える両親に、どれほどの辛苦があったろうかと想像させます。
神経科医にもなってハンデは乗り越えているように見えても、今もその影を残している人物であるところが感じられました。
自室で荒れて大声出して奥さんから心配されて、極力平静を装って「大丈夫だよ」と応えるのも、ずっとこうしてきたんだろうなと思わせました。
大きな賭けに出て、崩壊の時を待ち続ける、その焦燥。

比べて、ブラッド・ピットがねぇ・・・。こうゆうのを浮いてるっていうんでしょうか。
この人物自体はたいへんユニークな偏屈ぶりで、電話番号は複数持って相手によって使い分け、自家菜園はオーガニックに拘り、駅の雑踏では防塵マスク姿。握手の後も手を気にしたりと極端に神経質。
若い投資家ふたりが最終的に儲けを手にしてはしゃぐのを、多くの人たちが職も家も失うんだ踊ってんじゃない!と一括するセリフ自体は響いてきました。プロデューサーでもあるからか随分と美味しい役どころ。

ドイツ銀行のジャレッドから知らされたマーク(スティーブ・カレル)らヘッジファンドチームも、
いち早く危機を察知し、逆手にとって「ビッグショート」に成功したトレーダーのマイケルも、「華麗なる大逆転」なんて気分は皆無で沈鬱な面持ち。読みが当たったと喜ぶ者はいません。
マイケルがゴールドマンサックスのマグカップを貰って帰るというのが巧い演出。まるで遺品のよう。ほくそ笑む社員を振り返えるその顔はどこか悲しげ。
マークも今後の世界経済を憂いて、売りの決断にさえ躊躇する。生き残ることは加害者側に回ることなのではないかと。救えなかった自殺した兄の姿も過ったんだろうと思わせます。

結末まで非常にテンポよく時にコミカルに進んでいきます。気づけば130分あっという間。
専門用語飛び交う、素人には意味不明な世界で観客を置いてきぼりにしないような工夫がなされています。
・・・が、途中で席を立ってしまったカップルいました。
「第4の壁の破壊」を使って「判り易いようにマーゴット・ロビーに説明していただきましょ~」とか「ほんとは英語喋れるし、数学世界大会では1位じゃなく2位。」とやったり。
有名(らしい)シェフにシチューに例えていかに誤魔化されてきたかを説明するのも、セレーナ・ゴメスに経済全体に波及していくようすをカジノゲームを例に説明するのも、判り易い。
面白く応用して、若者ふたりがサブプライムローンの弱点に気付く場面も「本当はここで知ったんじゃないんだけどね」って演出上盛ってるんだとわざわざ表して。自由すぎですー。さすがコメディ出身監督。

マークたちが最も危険視したフロリダを調査し始めて問題点が次々と明示されていくところはサスペンス風に盛り上がる場面です。
売家と空家だらけで「まるでチェルノブイリ」のような新興住宅地。請求書類に「sorry」と書き置きして夜逃げし荒れ放題の空家。僅かに住んでいるひとも返済の目途がたっていない。
キャバレーのダンサーのおねーさんなんて5軒も家買っちゃって、転売も借り換えも出来ないと説明しても聞き入れない。犬の名前で借りたなんて・・・。甘い話しに乗ってローン組んでしまう恐ろしさ。
・・・しかも公正であるべき格付会社までもがいいかげんだったとは。

全編ノリのいいロックで盛り上がりますが、特にデフォルトの多いフロリダでアジア系トレーダーと食事しながら「合成債権」のカラクリと無謀な取引を知らされる場面にはなんと、日本食レストランnobuのBGMとして徳永英明さんの「最後の言い訳」が流れました。
♪ 一番大事なものが一番遠くへいくよ の部分が、会話と会話の間に聞こえます。
これ、音楽担当者はもちろん判っているのでしょう(エンドクレジットは見逃しました)が、麻生さんの切ない別れの歌詞が警句となってピッタリ。これ分かるのは日本人だけというね、勿体ない。
スクリーン上に歌詞を出すのは厄介らしいので仕方ありません。
格言が出てきますが、マーク・トウェインの他に、村上春樹氏の「1Q84」から「誰もが心の中で世界の終わりが来るのを待っている」が出て来ました。

この作品で、リーマンショックの顛末は少し理解できました。
売り?買いじゃないの?レベルな金融経済に全く無知な私には、証券化とかCDSとか「?」マークしか出てきません。
初めてこの金融商品が提案された時の、あまりにも簡単に嬉々として飛び付くさまは唖然です。アイデアとしては画期的だったんでしょうね。
最後に再びこの危機は起こると警鐘が示され、暗澹たる思いで終わらせました。

マーク・トウェイン曰く「知らないことが問題なのではない。知っていると思い込むことが問題なのだ」。
これは普遍的。



映画
by august22moon | 2016-03-12 23:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_1232265.jpg原作の書名は、発売当初『砂上のファンファーレ』だったそうで、そのほうが物語の本質を突いていると思いました。

決してこの家族が全て乗り越え病気も全快したというハッピーエンドなお話しではなく、絶望の中からこの家族が団結して進んで行く覚悟が出来ましたというお話しなのだから、諦めず闘っていれば奇跡も引き寄せられるかもしれないよと差し出すのは良いと思います。それがエンタメにしか出来ないこと。
しかし、長男が友人の世話でよりお給料のいい外資系に転職が決まりそうとか、治療方法があるかもしれないと言う医者が同じくらいの年齢の息子がいて親身になりタクシー代まで心配するというのは余計で、そこは要らなかったと思います。これは‘ほのぼの’映画ではないのだから、長男の決意の固さも医師の良心も、そこまでしなくても伝わったのに。
長男の会社の先輩が外回りしたことにしておくと気を遣ってくれるという「いい話」を既に盛り込み済みなんだから。
そこに甘さが生まれて、この好転の勢いじゃ嫁の実家が金銭援助するとか言い出すのじゃないかと想像するバイアスなワタクシメが居りました。

登場人物それぞれの個性の描き方はとても良かったです。
演じる役者さんも巧かった。
個人事業者で頼れそうなおとなに映るのに、脆さを露呈させる父親。
ひきこもりであった過去を持っていて、妻にも弟にも頭が上がらない長男。
バイトはしているようだけれどまだ親のすねをかじっていて、飄々と生きている次男。
なんとか家を支えようとする母親。(しかしなぜ働かない?)
それは見る側それぞれが自分の家族を顧みる切っ掛けとなり得る、どこにもある、どの家族にもある問題。
長男の妻が自分のことを名前で「深雪は~」と言うところは、なんの苦労もなく育ってきた女性と見えますが、この妻の冷淡な態度は、家を守りたいという彼女なりの考えによるもので、そこは若菜家の母と同じなのではないかと思えるし、若さゆえに嫁ぎ先の金銭問題まで抱えきれなかったのかもしれません。

母親の病状は、冒頭から少しずつ壊れていくのがやり過ぎることなく徐々に確実に進行させました。
日常のちょっとした物忘れ。長時間ぼーっとしてしまう無気力感。息子の名前がすぐ出て来なくなる。妙な高揚感。家族でも見過ごしてしまいそうな変化の末に、お嫁さんの家族との宴席でひとりごとやお嫁さんの名前を間違える・・・。原田美枝子さんの巧さでリアルに受け止められました。

長男の「元・ひきこもり」という設定は、問題を全て自分の罪のように受け止めて、俯いて黙っている姿に現れていました。
家族に対する後ろめたさが、この青年を感情を剥きだすことも顔をあげて真っ直ぐ視線を向けることも出来なくさせているようです。現在はきちんと社会人としては生きていて、会社内では先輩からも信頼されているし結婚もして独立している。
いったい彼が逃避したかったものは何だったのか、その辺りは不明のままでした。
変ろうする人間を描く手段だったのかな

そんな兄を見て来た次男坊の描き方もとてもよくて、長男と対比したら気楽に生きているようで、常に軽い調子でいるのも、押し潰されそうな兄と父を、彼なりのやりかたで支えている。
再検査をしてくれる病院を探し始めたある朝、怠惰なようすでジーンズを履きながら何気に目にしたTVの占い「いて座のラッキーカラー黄色。ラッキーナンバー8」を、実は気にして黄色い服を着て病院を訪れている場面は、彼の苦しみや弱さが判りました。これに関する演技もないとこがまたいい。

『キツツキと雨』で、新人監督クンが目覚めて靴下を取る時、脳裏に「黒はやめとけ」と声が聞こえるっていうのも面白い演出でしたが。
私も毎朝そうゆうのあるんで。

ここで治療の道があることを診断する医師役として鶴見辰吾さんが出ているんですが、これが流石の巧さ。
信じられない思いで受ける池松壮亮さんの芝居も絶品。
「若菜クン、ここで何件目?」
「10件目です」
「そんなに回れないでしょー?」
「すみません、嘘つきました。6件目です」
溌剌と自信に満ちて患者やその家族と向き合うことの真の意味を知る医師と、池松くん独特の訥々とした話し方との会話も素晴らしい。
10件目だなんて嘘を言っちゃうところもこの次男坊らしい。嬉しくなっちゃったのね。
ほっとさせる場面です。
で、そこでようやくポケットからクシャクシャになった受付番号の紙を取り出して見るんですよね。「88番」。
不思議なことってあるものだと茫然としてるのもいい。
で、紹介された女医さんが予想に反してクールだというのもいいと思いました。板谷由夏さんハンサムウーマンな女医役お似合い。(映画『大奥』での大岡忠相役ってのも妙に似合ってた)
でも腕時計はアレでいいのかな?仕事中はもうちょっとゴツイのしてそう

以前にもちらっとこの作品を見たんですが、それが池松くんが病院を出てタクシーに乗ろうとしてちょっとたじろいでそのタクシー見てる場面。なぜなのかやっと判りました。
そのタクシーも黄色だったからなんですね。なるほどなるほど。
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手術が成功したのを聞いた次男が、緊張の糸が切れて子供のように泣きだす場面は、こちらの感情も揺さぶられます。
この時の妻夫木さんと長塚さんが涙を堪えようと、顔を背けるタイミングと速度が同じ。
これ、演出ではなく、池松くんの芝居を受けてのおふたりのアドリブ的反応なんじゃないかと思いました。
画面構成上のバランスはよくないんです。そこを崩しても、いかにその役柄を生きているかを大事にしたのではないかと。
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演出だったらスミマセンですけど。
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母の手術も一旦は成功して、ちょっとはにかんだように口の端に笑みを浮かべる長男の顔のアップで終わるのは、この先からがこの青年の試練なのだと示していました。
明日崩れるかもしれない脆い場所に立ち、自らファンファーレを鳴らしている。
そんな笑みでした。



映画
by august22moon | 2016-03-05 00:02 | 映画 | Comments(0)
d0109373_0461015.jpgエディ・レッドメインに圧倒されました。
87回アカデミー賞で、錚々たるノミニーの中で主演男優賞を獲れたのも納得。

ホーキング博士がこんな若くして発病していたとは。なんという残酷さか。
最初にマグカップが取れずに落としてしまう場面は、ああ遂にと。
医師から宣告を受けて先ず「脳は?」と尋ねるのは、道半ばの苦悶を表して痛切。
奥さんのジェーンの苦労もいかばかりだったか。
若くまだ体力も気力もあったのかもしれないけれど、育児もあるのに、よく闘い抜いたものです。
スティーブンが重度障害になってから生まれた子供を「誰の子か知る権利がある」とスティ-ブンの母に疑われるなんて、辛すぎる。
ジェーン役フェリシティ・ジョーンズも年齢を経て苦労の跡が見える顔になってました。

ふたりの選択に罪深さは微塵も感じさせません。
プロとしての多くの経験があり心までも受け止める能力のある女性や支えてくれる男性に、それぞれ惹かれてしまうのは仕方の無いこと。
それは、ふたりがそれぞれに誠実に相手と向いあってきたからだと思えるのです。
全て投げ出したい時もあっただろうし諍いもあったでしょう。いつまでも聖人ではいられない。
それぞれに、もう解放させてあげたいって気持ちもあっただろうし。
だから、宮殿の庭に遊ぶ子供たちを見て、「僕たちが創造したもの」と言ったのでしょうね。
ふたりの「小史」は消えることなくあそこに生きていると。

レッドメインのあまり表現できないなかでの表情の作り方が秀逸。
初めてジョナサンを招いての夕食で、ジェーンが中座して食べられないでいる博士にジョナサンが気遣って食べさせようとした時の、博士の拒絶の表情が素晴らしい!

親友のブライアンが、普通に接しているのもよかった。
時には若さから手助けに気が回らない時もあったけれど、そこは責められない。
銅像に座らせちゃうなんてジョークは楽しくていい。
負担に感じさせないように別の話題で話しかけるのもいいことですよね。

最後の、落ちたペンを拾う想像はいたたまれないけれど、初めてのダンスまで、ふたりの「時間の始まり」の場所への逆行はよかった。



映画
by august22moon | 2016-02-29 22:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_21411812.jpgTVシリーズもまったく見ていないのですが、見に行ってみました。
なぜシリーズのSP版だけが劇場公開になるのかしらん。しかも期間限定。主演氏人気でですかね?
TVらしく本編前後にセット案内や出演者インタビューが入ってました。
カンバーバッチ氏、シリーズ撮影が終わる度に「髪、切っていい?」と言ってたとか。
モリアーティ役アンドリュー・スコットの「ドット、コム」が、可笑しい

現代に置き換えたTVシリーズとは変えて、ヴィクトリア朝時代で描いたのは、まるでファンサービス。
山高帽ではなく、原作イラストどおりに鹿内帽を始終被っている理由ももれなく挿入。
文字情報も入るんだ!手話の場面なんて傑作。不得手ならやらなきゃいいのにワトソン君。

原作時代で演じると、ジェレミー・ブレット・ホームズが深く焼き付いている目にも、まったく違和感ない継承ぶり。
ソシオパスの複雑な人物像が気品を穢すことなく、マシンガントークも耳に心地よく、「ベイカーストリート221B」なんて決め台詞のように投げつけて爽快。
SP版だけじゃ、勿体ない。
物語の展開も面白かったです。なんとモリアーティとのライヘンバッハ滝対決も登場して盛りだくさん。
シリーズ版では随分とエキセントリックな人物に造形しているようで、ワトソン君は気苦労が絶えませんねぇ

原作の味わいを壊さずに現代へ置き換えることに成功しているのは、ひとえにそこがロンドンだからなのかもしれません。

遅まきながらシリーズの再放送を待ちわびるのであります。


映画
by august22moon | 2016-02-28 00:02 | 映画 | Comments(0)
d0109373_1933152.jpgジェームス・ディーンを演じるってモンローと同じように難しいでしょうね。
目元はジェームス・フランコのほうが似ていますが、髪型、姿勢、多分独特の口調も、観客がジミーを思い出し易いように緻密に創り上げていたんじゃないでしょうか。
『デビルズ・ノット』のクリス役だったと知って、ビックリ。10代後半くらいに見えました。
今作の為に体重を11キロ増やしたとかで(どんだけスリムだったのかと)、ちょっとディカプリオに似て見えました。
プールサイドのバーに座る、引きの画から見せたのが功を奏しているのでは。遠目にはまったく違和感なくて、すんなり入っていけました。

かの時代らしく喫煙シーンが多いんですが、タバコ吸ったのに主流煙を吹かさないことが多かったような。
ま、そのほうが直ぐセリフ言えてスマートではありますね。







d0109373_19332346.pngあまりにも有名なこのショットを撮ったカメラマン・デニス・ストックとの交流を描くというだけで、興味をそそられました。
昔、小森和子氏が連載を持つなど常連批評家だったこともありディーン特集が多かった雑誌「ロードショー」で知った写真。
どうして雨の日のこの場所を選んだのだろうかと。

撮影に待ち合わせたタイムズスクエアで、生憎の雨の中をとりあえず撮ろうと歩き出した一枚。
道路を小走りに渡る後ろ姿が完全にディーンでした。先だって歩くストックが邪魔に見えて、早く見せてと思ってしまいました。
それまではディーンが気乗りしないせいで、マグナム・フォトの編集主幹ジョン・モリス(ジョエル・エドガートン)から被写体の魂が写っていないとボツにされている。
この時のディーンの雰囲気に、ストックが『エデンの東』で受けた以上の、ただならぬものを感じ取るんですね。
タバコを取り出すところなどはジミーには若干のポーズがあったのかもしれませんが。
何気ないしぐさにも、スターの素養が備わっていたのでしょう。
淀川長治氏言うところの「詩情」でしょうか。

いつも目元にくまができていて、いつも疲弊していて愛想もない。名声を求めているようで、警戒心が強い。
期待したような被写体であったかストックが迷い始めると、ディーンのほうから誘ってくる。
それは彼らそれぞれのタイミングの問題もあったんですけど。なんだかストックを試しているように見えてしまう。

役柄のイメージで、苦悩する若者の象徴のように見られていますが、実際の彼のなんと繊細であったことか。
純粋な芝居への情熱と、新鮮さと成熟さを併せ持つ実力が認められたと同時に始まるショービジネス。そのギャップ。
映画会社のお偉いさんに、おべっかのひとつも言えない。媚を売ることなど論外で、駄作だと批判してしまう遠慮のなさ。
もう無垢でいられない辛さ。

演じるデイン・デハーンの特徴でもありますが、その瞳は寂しさやシャイというより怒りや苛立ちが表れていました。
J・ディーンよりも鋭い目を持つ青年を起用したのは、危うい若さを強調したかったということか。

夢が叶ったのに、思いは故郷へ原点へと向かっていたとは。
アクターズスタジオを再訪する場面がありますが、夢を追って学んでいたころのほうがまだ心が安らいでいたのかもしれない。
「決意した瞬間 神の意志も動き出す」
ゲーテの格言を引用して指導する教室で、昔を思い出したとちょっと寂しく微笑む。

『人が真剣に取り組もうとはっきり決めた瞬間、神の意志も動き出す』
『わが身に生じるとは夢にも思わなかったような、あらゆる予期せぬ事件、出会い、物質的援助が訪れる』

「LIFE」に掲載された写真を眺める従弟の少年。そこに自分の知らない‘ジミー’が居たのかもしれない。
夕陽の中を飛ぶ機内で、子供に話しかける母親の声に、詩人ライリーの郷愁を謳った詩を思い出す。
その顔は、その先に迫る生(LIFE)の終焉を予感しているかのような表情。
走り去って散ってしまった若き魂を悼む、残された者たちの空虚感が伝わるラストでした。



映画
by august22moon | 2016-02-27 23:00 | 映画 | Comments(0)