桜色の雑記帳

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出会った本、映画の感想。日々のこと。

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d0109373_18485979.jpg映像化となると、どこかしら設定を変更されてしまうことがありますが、前後編と上映時間を取れるのなら、ほぼカットされることはないだろうし、映像で行間を表す事もなされるのではと期待していました。
ところが、原作で印象に残った部分がカットされてました。ちょっと残念。
蔵前が調べた、被害者・銘川が馴染みにしてい居酒屋主人の留守電の証言が無かったー!
糟糠の妻との思い出だけが泣かせ何処ろになってた。
そこ、秋川に響くかなぁ。両親に思い馳せでもしたのかな・・・
あれが銘川の侘しすぎる日々を表現して、記者クラブの面々の心も動かしたんだと思うんですよね。
普段口数の少ない蔵前が「本人にとっては重要なこと」と引く姿勢を見せなかったのも、三上が蔵前に「記者たちに取材の秘訣を教えてやれ」と褒めたのも、当夜のようすまで余すことなく調べたからじゃないのかなぁ

先に三上が、無言電話が娘からだと信じる妻・美那子に、松岡参事官宅・村串宅・美雲宅にも無言電話があったらしいから、よくある悪戯電話なのだと早くも説得していたけれど。
銘川宅の留守電の話題まで入れては、管内に無言電話が多すぎって懸念があって、どこにでもあることと片付けられる程度の数に収めておきたかったのかなぁ

蔵前役は金井勇太さん。いつもは怪しげな役柄が多い方ですが、控えめでオロオロするところが巧かった。ミニコンサートの取材ってこの方が言うと、らしくなさが可笑しい。
美雲の、三上への不満を募らせる溜息が強調されていました。
演じるひとの健康的で翳のない特徴でもありますが、「女であることはやめられません」に始まる真情をぶつける一連のセリフは、もっと食い下がってぶつかっていってもいいのでは。
最近はその肢体を活かして男社会で闘う役が多いのに、どれも緊迫感を感じない。男性以上に闘志を持たなくてはならないはずなのに。明朗快活で気持ちがいいし、多少甘くてもそこがいい時もあるんですが・・・。若い女優さんはそんなものですかねぇ 
美雲の見せどころだったのになぁ

報告書を読み上げる佐藤浩市さんの芝居は、ただ涙しながら読み上げるというものでした。それもまた、刑事らしいのかもしれない。
報告書を読んで感じ入るところがあり、その死に涙するひとも遺骨の引き取り手もいない老人の、住まいや馴染みの居酒屋を訪ねてその孤独な姿を想像させたのは、ひとりひとりにそれぞれの人生があることの大きさを、もっと心に留めるべきだったと改めて痛感させた場面になっていました。
そしてそれが、雨宮の、幸田の、日吉の、それぞれの人生を想起させる伏線ともなっているようでした。
その涙を受けての、瑛太さんが堅い表情を崩さず薄っすらと涙ぐんでいる芝居は素晴らしかった。
センターに位置取って目を合わせない姿は1000UPくらいしてる手強そうな秋川でした。
この男の頑なさが解けていく後編が楽しみ。

雨宮家の仏壇前で三上が泣いてしまう場面ですが、ここまで感情を溢れさせるとは。
アドリブのようで手順があるように見えなかった。声にならず仏壇の方に向けて視線と手を向けるのはやりすぎに見えましたが、「止まってくれない」涙にうろたえているようすが表現されたとすれば、演じるひとの渾身が伝わって、見事だと思いました。
三上という男が背負っているものの重さを感じさせるには、これくらいは必要ということでしょうか。


キャスティングは総じて適役に見えました。
吉岡秀隆さんは、もう何を演じてもあの切なげな声と表情に引きつけられてしまう。香典袋の字にまで幸田の人柄が見える気がしちゃう。幸田の苦しみが尚一層際立つ気がします。
三上に会いに来たのはびっくりですが、覚悟を示した伏線ということですね。

永瀬正敏さんの雨宮が予想以上に素晴らしかった。
ドラマ版での段田さんが圧倒的で完成されていたので、もの足りなさを感じるかもと思ったのですが。
原作にあった「妻以外の全員を疑っていた」そのままに、電話を待っている時の怒りを湛えた闘う姿勢。きっと犯人を推定していたに違いない目の険しさ。
テレコの故障でうろたえ焦る背後の警察を一瞥すらせず、決然と受話器を取ったのには驚きました。
あれでは日吉は辛いなぁ。
窪田正孝さんも、全身から溢れるような緊張感。テレコを試動させる表情なんてこっちまで緊張。
しかし、辛そうに泣きますねぇ

この雨宮は、三上が仏壇の前で涙を流すのにも驚くことも、憐れみや同情を見せることもない。
「喫茶あおい」で、美那子を見ていることにしたんですね。美那子も軽く会釈しちゃってるように見えましたが、目を反らしたの?それ余計。捜査員が客として混じっていることを一瞬で見抜いたと考えると、この男の鋭さが感じられますけど。
老いてからも孤独な侘しさというよりも、憎悪が生きるよすがとなっている。
こうゆう雨宮も、後々面白いことになりそう。
伏線としての電話ボックスのショットももちろんありましたが、雨宮が電話帳(らしきものぐらいにしか見えないようにしている)をそっと棚の下へ避けるところも、何気ない仕草に留めたのは、スリリングな伏線。

綾野剛さんには珍しく抑えた演技が求められる広報官役ですが、上司三上と記者クラブとの間で波風を抑えようと、かなり必死に全身全霊で立ち向っています。この三上にはこれくらい激しく出ないと、という感じでバランスがよかった。
記者クラブが匿名報道と長官取材を了承した後の喜び方が傑作。バリエーション豊かですねぇ

64年当時は仄暗い映像で、当事者にとっての昏さが表されているよう。
昭和を送別する弔旗の並ぶ町の、なんと冥く冷たく寂しいこと。



映画
by august22moon | 2016-05-12 23:00 | 映画 | Comments(0)
 ウッディー・アレン監督作 『マジック・イン・ムーンライト』

d0109373_11582631.jpgエマ・ストーンを新ミューズで迎えたラブコメ。
20年代、花の咲き乱れる夏の南仏、有感マダムと紳士たち。
無邪気なラブコメに相応しい舞台を揃えた映像はとっとも楽しかったです。

















コリン・ファースが高慢で鼻もちならない一流マジシャンという設定。冒頭から文句炸裂。
で、そんな男が恋のマジックにかかってしまうわけですね。
ポケットに手を入れた立ち姿、軽く指に挟んだタバコ、帽子のつばをなでる仕草なんてね、おとなの余裕と品格が相変わらず素敵です。
ソフィを演じるエマ・ストーンが可愛くて美しくて笑顔も最強。一瞬で相手を魅了するちからがありました。
これが旬の女優ってことなのね。
お互い惹かれ始めて当初の企みも崩壊しちゃうんですが、騙されていたと気付いて、マジック使っていつのまにか椅子に座ってた!という場面は傑作。
騙して痛い目にあわせて反省させようって話は好きではないので、先に見破ってよかったよかった

しかし、高慢な男はプロポーズまであんなかね
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ローワン・ジョフィ監督作 『リピーテッド』 

d0109373_022364.jpg逃げるニコール・キッドマンが開けたクローゼットにアイロンが見えた時思わず言っちゃいましたよ、それは痛すぎるーそれで殴るのヤメテーと。

フーダニットのサスペンスですが、マーク・ストロングが怪しげな目つきで演じるものだからギリギリまでどう転ぶか分かりませんでした。
こちらもコリン・ファースには珍しい役柄ですが、それが功を奏しています。

子供を亡くした話しをする時の辛そうな表情とか、妻を背にして密かに涙を流す表情なんてね、さすがに巧い。
もうコリン・ファースが夫だっていうならそれでいいじゃないのーでしたわ。

私ったら、いつからニコール・キッドマンがこんなに魅力がないと思い始めたんだろう。
レッドカーペット以外見るべきものが無い。



映画
by august22moon | 2016-05-08 23:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_1182614.jpg 『トレーニングデイ』のフークワ監督作。
デンゼル・ワシントンの風貌が活かされた作品ですが、80年代後半に放映されていたTVシリーズだそうで。
精悍で鍛え抜かれたいかにもプロフェッショナルな姿に魅了されて終わりそうなところ、ラストには少々疑問。
あれだけ暴れて、ロシアンマフィアを一掃して、街に戻って悠然と暮らしていること自体不自然なのに、必殺仕事人か闇の処刑人、あ、調停人か、そこに行き着いてしまうとは。

眠れない夜にダイナーで読書して過ごしている時も、カトラリーを揃え直したりしているのは、軽い強迫性観念症なのかしら
こと仕事に於いては、1ミリも狂いを許さない几帳面さが必要とされるでしょうし、1分1秒が大切なお仕事でもあるでしょうから、昔からの癖が抜けないってことかもね。

職場のホームセンターの従業員を人質にとって誘き出されても徒手空拳で乗り込んで、売り場の商品を次々と利用しての殲滅場面はちょっと爽快。
ホームセンター、取扱注意の凶器満載ですからね。
頼りなげなラルフィーも、最後の最後で決めちゃうのねぇ。ラルフィーがんばった

殺し屋の狂気はリアルに描いていたのに
ロシアまで飛んで行くのはまあ譲りましょう。元・CIA仲間もいることだし。
しかし。窮状を訴え助けを求めるサイトで、お困りの方に「YES(力になれます)」だなんて。
最初にロシアンマフィアを一蹴したあとに、虚空に向けて謝ったのは、もうこの道には戻らないと決心していたからじゃないの?エクスターミネーションに目覚めてしまったのか。
ファンタジーにしちゃってよいものか。



映画
by august22moon | 2016-05-08 22:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_15111570.jpg 『マッドマックス』は全作ジョージ・ミラーだったと今作のヒットで改めて知りました。
彼の人生ほとんどマッドマックス。合間に『ハッピーフィート』(笑)
私の周囲でも話題でしたが、キャラクターがいちいちキモチワルくて見る気にならなくて。
4D版を見に行った同僚に、飲み物置いとけるの?誰目線で揺れるの?なんて尋ねる程度の興味しかなかったのです。

で、このたびようやく見たんですが。これはいかにもオトコノコがのめり込みそうな映画ですねぇ
リピーターも多かったのが頷けます。
荒野を疾走する改造車の面々がわけわかんない。1・2時代があどけなく感じる。この迫力はスクリーンで体験すべきでしたね。
アカデミー賞で、あんなに何度も「MADMAX FuryRoad!」って聞くことになるとは思わなかったのですが、他の映画賞でも美術デザイン部門で高評価だったのも納得できる、スターウォーズなみに凝ったキャラデザイン。そう、みんなまるで宇宙人

アクション場面で早回しが分かったりコマ送りのように見えたのはワザとなんでしょうか。TV画面で見るからかな?でもそれが不思議とこの激烈な世界の奇妙さにおいて効果的でスピード感を削がれることはありませんでした。
長い棒で飛び移るっていうのも映像的に面白い。走行中もゆや~んゆよ~んとしなっている。
で、よく見ると根元で支えてる役目のひとがいて、けっこうタイヘンなんじゃない。
大太鼓やギタリストの演奏もヘビメタのPVみたいで斬新だけど、士気を高めるための軍楽隊ってことですね。ギルゴア中佐の「ワルキューレの騎行」みたいですが、曲ほとんど聞こえませんでした。
知能程度をユーモラスに示していたり、詩的な表現があったりと、セリフにそれぞれの性格や背景が表されて、それがやたらと細かい。
支配者と兵士・奴隷という階級構造に宗教が介在して、そこに奥の深い世界が構築されているのもヒットの一因なんでしょうね。
満天の星空に通信衛星が流れる場面の会話なんて、荒廃した世のどこかに救いがあるのかと思わせます。
なにも無いより、残っていることがより寂寥感を起こします。

フュリオサ大隊長役のシャーリーズ・セロンが男前です。
パーフェクトなスタイルもあるけれど、動きがシャープでかっこいい。いかにもタンクローリー駆っていそう。
しかしトム・ハーディーが二代目マックスを演じることになるとは意外。
元・警官の正義感や家族を失っている悲壮感やどこか脆そうなところがメル・ギブソンの顔立ちに合っていて、壮絶な舞台設定とのギャップが魅力でもあったわけで。
イメージとしてサム・ワーシントンが新生マックスに合ってると思ったんですよね。ほぼオーストラリア人だし。
トム・ハーディーとなってだいぶ印象も変わりますね。甘さがないぶん、孤高の男らしさが増してる。
スプレンディドに呆れ気味にサムズアップだけ送るとかフュリオサにしかたなく銃を託す時の表情とか
トム・ハーディーの群れない感じそのままのマックス。
(でも、あれはなに?「かすったぞ!」はなに?囚われの身で。)
瀕死のフェリオサに初めて名を明かすのも抒情的になっていないというのもハードボイルドでいいですね。受けるS・セロンも意をくみ取ってるところがよかった。戦士だねぇ

これ、3部作なんですね。さらにパワーアップするんでしょうねぇ、恐ろしいー
『サンダードーム』でも、凄いことになっちゃったなぁと驚きましたが、撮影当時60代後半でこんな強烈な映画作るとは。確かに、50年くらい続いてるロックバンドのメンバーって風貌ですものね。



映画
by august22moon | 2016-05-07 23:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_1784782.jpgようやくオスカーを手にすることができたディカプリオ主演作。
周囲が騒ぐほど本人はオスカー無冠を意識していないのかもしれませんが、これでもかとハードな役にエスカレートしていってのこの役。

映像はとにかく凄くて強く印象に残りました。
日暮れや夜明け直後の仄暗い時間帯ばかりで、映像全体が黒々と暗く、色といえば雪の白と夕陽と炎の赤と夜明けの薄青い空と群青の夜空の青だけ。
カメラも低いアングルからが多く、黒く湿気った土に這いつくばり、高い木々を見上げる登場人物と同じ視点。

この昏い森の木々を見上げるショットが多いのですが、とても印象に残りました。残像となって現れたほど。
冒頭で、ディカプリオ演じるグラスたちが、川沿いの森で先住民のアリカラ族に襲われる場面。この時の映像の迫力が凄かった。
逃げ惑う人たちと同じ低い視線で走り抜け、そのまま馬で追うアリカラの戦士と並行して走る。怒りに満ちた顔のすぐ横にまでに近づく。そのカメラワークに息をのみました。
蛇行した川の対岸に立つアリカラ族一群の映像は、委ねようと変る心情を理解できるほど、息がとまるほどに荘重で神聖さがありました。途中で出会った廃墟の教会よりもさらに、夢のなかの絵のよう

瀕死の重傷から立ち上がり過酷な旅を乗り越えて復讐を遂げる男の実話と簡単に言ってしまえば、既視感の生まれてしまうストーリーを映像力で圧倒しました。

冴え冴えとした雪山の風景も、広大さというのではなく、人を寄せ付けない厳しさが感じられました。
坂本龍一氏の音楽も映像に沿うように、荘厳で重厚。なんとゆう孤独感。
重低音の弦楽器は、憎しみと哀しみの底に淀むような、微かな生の果てに流れているような音色でした。

ヒグマが人を襲う実際の事件に関するドキュメンタリーノベルはいくつか読みましたが、小熊の居た状況であのグリズリーは、急所である首の攻撃も中途半端で、まだ息もあるのを確かめておきながら、なぜ仕留めなかったのかな。原作で実際にそうだったということでしょうから言ってもせんないですね。

さて、肝心の主演氏の演技でありますが。ん~ どうなんでしょう
極限状況という負荷を堪えてやり切ったことで熱演と称えられ、受賞に値すると評価されるのは、聊か疑問です。それでは功労賞になってしまう。
息子を殺された男の悲しみと既に在る妻を失った悲しみ、復讐の一念、それを達成する間際に神に委ねるべきと悟る崇高さが、いかに観客の胸を打ったかにあるのでしょう。
まずディカプリオは見た目が若いので、あの年齢の子供の父親に相応しいように声を低くして威厳を表してしていますが、それでもまだ若い。ポスターぐらいの年の少年なら相応しいし、観客に訴えやすいのでは。
不自然とまではいいませんが、しっくりこないことが邪魔にはなりました。
正直なところ、彼の無念さに心を抉られ、寄り添うことはありませんでした。
グラスの中で消えずに燃え続ける怒りよりも、演者の役に対する執念ばかりが際立ってしまうのでありました。
寝床とした馬の抜け殻に、感謝と哀悼を込めてそっと触れる。その仕草は刺さりました。

最後にグラスがカメラを凝視して、オープニングと同じに、生の証である深い吐息が暗転後も続いて終わります。
明らかにカメラのその向こうを凝視しているんですね。
この演出は一連の臨場感あるカメラワークの答えとなって、彼と旅を共にしてきた者(観客)へ向けて彼が初めて投げかけ問いかける視線だと感じました。



映画
by august22moon | 2016-04-29 23:49 | 映画 | Comments(0)
d0109373_12443312.jpgテーマとしては食指の動くものではないのですが、『宇宙人ポール』で脚本家独特の役を俯瞰視しているようなやりすぎない演技が好ましい印象だったサイモン・ペグが主演なので見てみました。
『ミッションインポッシブル』は見てないんですねー。予告編しか。
調べていたら『フォースの覚醒』で廃品買い取り商人の役だったんですね。あのヴォルデモートみたいな?わかりませんよぉ

原作はフランスの精神科医の著作ですが、経験譚なのかな?
上司に、中国へでも旅行しようかと相談していると、絶妙のタイミングでドラの音が響き渡る。ゴォォォォン
ええ?と音のする方を見やると、職員がスチールのお盆を落とした音だったという場面は大笑い。
ガランガランガラン

他作品の演技や同じ共演者などを引きずることは作品の魅力を半減させる愚だと思って、意識してないつもりなんですが、ロザムンド・パイク演じる恋人クララの、快活で誰にでも愛される人柄や母親のように気が効きすぎる世話好きぶりに、裏があるような気がしてしまいましてね。満面の笑みにどこか病的な陰があるようで。せめて髪型とメイク変えればねぇ
『ゴーンガール』の印象が強いというよりもなんか、このひとあんまり変わらないような・・・

で、このヘクター氏が、精神科医として忠実に悩めるひとたちばかりに向き合いすぎてしまうのか、需要と供給のバランスか、しあわせとはなにかってリサーチする旅に出ようと決心するわけです。恋人からも距離を置いてみようと。
患者に向き合っているときは心を開けそうな医師なんですが、白衣を脱いだら途端にどこか抜けてる。
これは恋人がいろいろ世話してあげなきゃと心配するであろう頼りなさ。
後に著名な脳科学者が幼稚なと驚くほど。
無邪気な子供みたいに天然な素が出ちゃう。このギャップが可笑しい。

イギリスから、遠く異文化世界を選ぶんですね。中国、チベット、友人のいるアフリカ、そして元カノのいるアメリカ。
とまどいながらも送りだすクララ、「もっとソックス持っていけば?」
「そんなにソックスばかり持っていっても・・・」
クララが開けた引き出しにはもう2-3枚しかソックス残ってないのよ~
で、彼女からのサプライズプレゼントで、トラベラーズノートが荷物に忍ばせてある。ヘクターは喜ぶんですが、1ページ目にメッセージと共に自分の写真なんて貼るのをパイクがやると恐いよぉ(笑)
このノートに旅のテーマである「幸せ」についてリサーチして、心に残る言葉や学んだことを書いたり、風景を描いたりする。いいなぁ、写真ばかりじゃなくノートにスケッチまで記すって。
後にちらっと映るんですが、彼、就寝時にブリーズライトみたいな鼻腔拡張テープが必需品のようで、使用済みのテープもホテルの名前なのか何か書きこんで、ノートに貼ってあるのが可笑しい。

彼が出会った人たちの「幸福論」の言葉自体はチベット僧侶の格言以外、個人的に響くものは無いんですが、イラストがとても魅力があってよかったです。そこに実写重ねたり動かしたり。
(しかしカノジョの写真が貼ってあるノートに浮気の証拠ともなるようなイラスト描くってどうゆう神経?)
この絵は監督のかなぁ、サイモン・ペグも描けそうだけど。

座席が重複発行されるミスによって、図らずもビジネスクラスに移動となってごきげんのヘクター氏。
はしゃいでわちゃわちゃしてるもんだから、ウエルカムシャパンのグラスを床に落としちゃう。「割れない材質ですからご安心を」と客室乗務員に言われるや、お皿はどうだと試してみてガッシャーン。子供かっ。
空港出て地図広げているところに隣席だった社長さんが声かけて、だら~っと伸ばした地図が脚に絡みそうになって通りかかったカートに躓く。バゲージラッピングに自分まで巻いちゃう。ミスタービーンかっ。
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ノートに描き込む都度ペンを探して、隣り合わせた社長からは「必ず返せ。このペンはおまえの車1台分だ」と言われたりするんですが、こんな他人にはめんどくさいとこが後に命を救うことにもなる伏線となってるのも面白かったです。ネーム入りでよかったね。

チベットでは、寺院を訪ねて「幸せとは?」なんてインタビューするも「月曜は定休日」と素気無く扉を閉められちゃうんですが、老師に温かく迎え入れてもらう。
ポタラ宮のような奥地で、達観した老師の含蓄ある言葉に、そこにあるそこだけの「しあわせ」を知る。
経済発展著しくもいまだ貧富の差があるのを痛感した中国から、迫害を受けているチベットへ行くというのが面白い。中国では公開されないかもですね。
チベットの場面はとても良かったです。
パラボラを立てるのを手伝う夕暮れ時のシルエットも美しい。
質素だけれど心の豊かさがあることを知るのですが、ここが結構近代的。
若い僧侶がスクーターですい~っと走り抜けて行ったり
「え!skypeできるのー!?」
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在る時、老師が呼ぶので外へでると、風が吹いてタルチョがはためいている。
タルチョの下で僧たちは歓声を挙げて飛びまわっている。
老師曰く「これがすべてだ」
この時の抜けるような青空と五色のタルチョがとても美しくとらえられていました。
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この老師に中国からの迫害についても尋ねますが
「不幸を避けることが幸福ではない」
ひとは誰もしあわせになる権利があるんですねと言えば
「もっと上だ」
「しあわせになる義務がある」と。
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政情不安定なアフリカでは、厳しい医療環境を体験して、精神科医はここではなんの役にも立たないと痛感するんですが、病気の子供に向かっておどけてみせて笑顔を引き出すことができる。
ロス行きの機内では「お客様の中でお医者さまはいらっしゃいますか?」となり、重篤な容態を押して親族に会いに行く女性に出会う。痛みの負担を和らげるために高度を下げさせ、横になりやすいようにファーストクラスに移させる。
そして最期の時が近付く覚悟と哀しさを語る女性に寄り添い、心の負担も軽くしてあげる。
空港に到着し、女性の無事を知らせる機長のアナウンスに、乗客一同から拍手が起こる。
ファーストクラスにまで届くその拍手に合わせて、女性に向けて小さく拍手してみせるヘクター先生。
この拍手する場面が特に良かった。
女性は感謝を込めて「話しを聞くことは愛情を示すこと」だと、笑顔で救急車に運ばれていった。
「しあわせとは天職に就くこと」。アフリカの診療所で働く友人の言葉が甦るわけですね。

ラストは予想通りなのですが、ノートのイラストとチベットと機内の場面はとても心に残りました。
若い頃のアンソニー・ホプキンスに似てる?と思いましたが違いますかね。



映画
by august22moon | 2016-04-28 23:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_16443985.jpgジャン=ピエール・ダルデンヌとリュック・ダルデンヌ兄弟の監督・脚本作品。
本作でサンドラを演じるマリオン・コティヤールがアカデミー賞主演女優賞にノミネート。全米批評家協会賞などで主演女優賞を受賞。

70~80年代のロマンチックなアヴァンチュールでも描写したフランス映画みたいな邦題が、逆に効果的。
映画としては地味な主題ですが、サンドラが訪ねる同僚が抱える家庭の事情や思惑が、次はどんなだろうかと引き込まれてしまいました。
冒頭からサンドラがソファで昼寝をしているとこるに電話がかかってくるんですが、ちょうどおやつのタルトが焼きあがってオーブンのアラームが鳴る。
サンドラはただ昼寝してたわけじゃなく、ひとつの家事を終える度にだるさが襲って横になるしかなかったんですね。薬も服用しなくてはならない状態。
ようやく復調した途端に解雇され、抗って闘うためにも目覚めるわけです。

アジア系企業進出による経営難から人件費削減は避けられないところへ来て、サンドラの病気休職は千載一遇だったんですね。自ら泥をかぶることを避けて従業員自身に仲間の復職かボーナスか選ばせるというのが恐ろしい。
私が以前勤務していた職場でも、大病完治後の復職を約束しておきながら休職のまま解雇された仲間がいました。体調を案じるふりで追い出す経営者は珍しくないのかもしれない。

応援してくれる仲間が再投票と提案しては16人の同僚を説得する選挙活動しか方法が無いのでしょうが、みんな経済的にボーナスは必要だと分かっているから辛いところ。
罪悪感もあるところで本人に訪ねてこられては、とにかく申し訳ないと謝るほかない。
中には、とんでもないと断るひともいるけれど。
「息子の進学費用。妻も失業中」「リフォーム代」「新居に家具が必要」「内緒でバイトしても生活が苦しい」
そして「契約社員だから多数派に従わないと契約を切られる」。
誰もが余裕のない生活をしていて抱える問題があり、そこも痛感しながら生活のために頼まずにいられない辛さも伝わってきました。
遂には、主任が先回りして、断るよう釘を刺さしていたことも判明する。

日本人なら深々と頭を下げるところですが。
プリーズと両手を合わせたりなんてこともせず、涙に訴えることもしない。
社長と上司の横暴や理不尽に屈しないで欲しいと真っ直ぐ目を見て頼む。
それでも、ひとの生活を脅かしてまで戻っても針の筵かもしれない。罪深いことをしているのではと悩み始めるのも痛いほど分かる。
子供たちの朝食のパンを買ってくると出掛ける。その抜け殻のように、しかしある決意を持って歩く表情が痛切。間に合ってよかった。仲間が訪ねてくるのがもう少し遅かったら。
ラストは予想通りですが、社長の出した案に最初のうちは完全譲歩かと思いきや。
辛い闘いを戦い抜いたその事実だけで充分として、新たに歩き出さなくてはならない不況下の労働者の苦悩。
観客もそれぞれに自らのこととして考えずにはいられない作品です。

いつかの「W座からの招待状」で見たのですが、薫堂さん大怪我してお休みされていたんですね。
長友啓典氏曰く、よくぞコメディーにしなかった。確かにドタバタコメディーにもなりそう。
そこをあえて平凡なひとびとのどこにでもある問題として描いている。

小山さんの代打で濱田岳くん。「ひと月分だけと言われてます」。
長友氏ったら「慣れてきただろうから、このまま続けたら」と、今作に絡めたジョーク。
「薫堂さんの週末」になっちゃうじゃないですかっ



映画
by august22moon | 2016-04-26 23:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_23204871.jpgこちらもクリスマス前後のお話しですが、アットホームな心温まるクリスマス風景はありません。
ツリーを買う場面は子供もいるし楽しげなんですが、キャロルが仄暗い居間のカーペットに座ってプレゼントを包装する場面もどこか寂しげ。
ラジオから流れる新年を祝う音楽からも部屋の外の喧騒からも遠く離れて、ふたりのいる空間だけに真実の時間が流れているよう。
パトリシア・ハイスミスが別名義で出版したほどに当時としてはスキャンダラスな内容とされた作品は、出会ってしまった者同士の続いても別れても辛く苦しい関係は、普遍的なテーマともいえます。

50年代の時代を表した映像が、哀しいふたりを余計に悲しげに映しました。
監督のトッド・ヘインズ、『エデンより彼方に』でも、50年代というまだ人種差別が強かった時代に、黒人の庭師と普通に接しているだけで異端視されてしまった女性を描いたもの。
世間では禁断と犯罪者のように後ろ指さされるという点では共通していますね。

この時代のファッションも素敵。
ウエストを絞ったツイードのスーツ。ハイヒールの緊張した脚元。肩にかけたカーディガン。
おとなの華やかさを表すくすんだ朱色。しっとりと濃い深紅。パールのネックレス。コンパクトなハンドバッグ。ウエーブした髪。女性がもっとも女性らしい時代です。

落ち着いた色合いの服に赤で華やかさを演出するキャロルに対して、バイトしながらで決して裕福ではないテレーズは地味目な色合いが多いので、旅行で着るために大事そうに鞄に入れた赤いセーターが印象的に映ります。テレーズが窓の外の景色を見ながらりんごを齧るのは、隠喩ではなく直喩。
そしてテレーズが赤を着た時、キャロルはブルーグレーのアンサンブルニットを着ていて、赤が被らない。
当時独特のブラウンなのかグレーなのか混ぜ合わせてくすんだ虚ろな色は、いろんなものを背負いすぎた重苦しい惑いのようです。

ケイト・ブランシェットがいつも以上に、硬質な美しさ全開で圧倒されます。
クリスマスショッピングで混雑するデパートで、一瞬で目を惹く美しさと気品。
全ての光りをそこに集めてしまう。
さらりと振り向いて「帽子似合ってる」とジェスチャーするかっこよさたるや!

ルーニー・マーラがまさに天使。まさに「天から落ちて来たひと」。無垢で純真。こちらもキャロルならずとも魅了されるであろう可愛らしさ。素の彼女も控えめな感じですから似合ってる役柄。
食事中に、キャロルの問いに答えるのに口元をちょっと指先で抑えて急いで呑み込むとこなんてかわいい。
離婚調停中で苦悩のただ中にあるキャロルと違って、テレーズは写真家を夢見ている未来ある若者。恋人との関係に悩んでいるのもなぜなのか自分の中で整理しきれていない。
物静かで感情をあまり表に出さないタイプの女性が、心ときめかせ静かに歩を進めていくようすが表現されて見事。
ふたりはそれぞれに言葉少な。心の揺れ動きも決心も言葉にしない。
ただ表情と仕草だけで相手への気持ちを表現させているところが絶品。

テレーズの恋人役が、『クーパー家の晩餐会』のジョー役のジェイク・レイシーなんですね。帽子被ってるし目つきも全然違うんで分からなかったー
キャロルの夫役のカイル・チャンドラーも、顔立ちがいいひとっぽいので、テレーズとの関係も壊して娘すらも奪うことになるんですが、夫としたら妻を取り戻したいと必死なわけですよね。一番苦しんでいるひとなのかもしれない。

それにしてもキャロル。行動が早い。躊躇してない。ことテレーズに関して一直線。
別れも、苦しみながらも一旦は決断するわけですから。強いんだ。
テレーズも控えめで自分を主張することはないけれど、写真家という夢を密かに持っている。
子供の頃から、お人形さんより電車遊びが好きだったほど、部屋に閉じこもっているオンナノコではないんですね。
出勤時の従業員入り口でサンタ帽を配られるのをみんなすぐ被って、社員食堂でまでもみんな被っているのに、上司に注意されるまで被らない。お祭り騒ぎの高揚感がないだけで反抗的な態度ではない。そこに彼女の性格が出ています。
キャロルの去り際の「似合ってるわよ」も、ほんとは気乗りしないのに無理に被らされてるんでしょ?って内心見透かしてる表情がいいです。
気付かれちゃったら一気に気持ちが近づいちゃうわよね。

ラストは、『卒業』を思い起こさせると思ったら、監督は主演ふたりにその話もしたとか。
バスに乗って、さあ問題はその後なわけで。そこからまだ長い人生が続く。そのバスは何処へ行くのか。
もっと連想するなら、『小さな恋のメロディ』。子供たちのお話しだけど、子供たちだけにさらに絶望的で残酷なエンディング。終焉に向かってトロッコは進んでいって終わり。
テレーズに気付いて、ゆっくりと笑顔に変わった時、その笑顔は喜びのようでいて無防備ではない。顔の角度を変えてまっすぐテレーズを見ていない。そのまま視線を戻すのは簡単じゃないか、そのほうがいいとね、過ったんですが。
オープニングのスタッフキャストロールの文字は水色で、エンドロールがピンク色なのは暗示的なのかな。
それならふたりはふたりだけの真実を貫いて、バスに乗ったのかな



映画
by august22moon | 2016-04-23 23:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_20565253.jpgもしアメリカ本国と同じ12月に公開されていたら、見終わったあとにオーナメントひとつふたつ買い足したくなったでしょうね。

クリスマスに集うクーパー家のメンバーは、祖父母、父母、その娘(次女)と長男とその元妻その三人の子供、母方の叔母。
四世代、つまり11人いる!
そこに娘が親を安心させるために恋人と偽って連れて来た男性と、おじいちゃん御贔屓の女性が加わって、さらに賑やか。
長男ハンクが離婚しているんですけど、3-4歳くらいの娘がいるのに離婚してるんですね。
次男坊のボー君が、お兄ちゃんにプレゼントを探すのに、大混雑のデパートのエレベーターで隣りのひとの荷物に頭押されちゃってるショットがおもしろかわいい。
ひいおじいちゃんバッキーを演じるアラン・アーキンが日参するダイナーのウエイトレスのルビー役がアマンダ・セイフライド。
将来に希望を持てずに辞めるというルビーを、変わるべきは場所じゃなくて自分自身だと励まし諭すんですが、居合わせた調理中のスタッフが密かに涙するなんて、ちょっと笑えるけれどいい場面でした。

恋人のふりをしてあげる帰還兵役のジェイク・レイシーの優しく穏やかな表情がとてもよかったです。話しを聞いている時や、共和党員かと揶揄されて苦笑する表情もね、よかったんじゃないでしょうか。
サンタさん体型のジョン・グッドマンはその風貌もあって些細な仕草も可笑しみがあるんですが、余計なこと言う家族に黙れとばかりに、握ったフォークを向けて右の手のひらでトンと柄を押すなんてのも笑えました。

みんなクリスマスだけはハッピーに過ごそうと必死だというセリフどおり、無理もしなくちゃならない。
毎日苦労の連続でいいことなんて数えるほどの日々だからこそ、一大イベントだけは寂しい思いや言い争いはしたくないから。
結局は隠していた軋轢が露呈するんですが、吐き出した後には労わり合って、やっぱり家族っていいねとなるわけです。

クリスマスの街の風景も素敵。
イルミネーションやリースで飾られた家々や店舗や公園。どこもかしこもきらっきら。
バッキーが運び込まれた病院も飾りつけされていましたが、ERの廊下天井にガーランドライトが飾られているのが可笑しい。
街角ではハンドベルの演奏やコーラス隊。
かと思えば、電車や歩道には出勤途中のサンタさんたち。新聞読んでたり、気だるく車窓の景色眺めてたり。
ビジネスライクに、喜ばれようが号泣されようがお愛想なしで役割をこなしているのも、可笑しい。

舞台となるクーパー家のツリーはさすがに豪華ですが、他は厳選されて飾っているようなのが、洗練されたおとなの家って感じでした。
あちこちにガーランドライトが多様されていて、その仄かな光りがきれいでした。
背後の広い窓の外にはずっと雪が降り続いていて、それがとてもいい背景になっていました。

歌も楽器も達者な俳優陣が揃っているので、恒例のクリスマスソング合唱はやたら本格的。
私はやっぱり「Have Yourself A Merry Little Christmas」が好き。
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暖炉回りも落ち着いた飾りつけ。
よく見ると本棚隣りの棚にはガラスの置物が並べられています。これにもきっとライトが反射してきらきらきれいなんでしょうね。
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印象的だったのが、ダイニングテーブル。花やグリーンを飾るんでなく、ガーランドライトをセンターに置いて、その灯りがグラスに反射してきらきら輝いて、とても美しいテーブルでした。
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すべて丸く治まってハッピーエンディングのほのぼのストーリー。
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クリスマスシーズンのアメリカにはこうゆう映画が必要なんですね、きっと。

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映画
by august22moon | 2016-04-21 23:00 | 映画 | Comments(0)
d0109373_191018.jpgにのさん見たさで気は急いたのですが、ファンの方たちで混雑してるという友人の情報を得まして、春休み終了を待って待って待ち過ぎて、ようやく行けたのでした。

原作をまったく知らないので、「死神」のビジュアルを予習したのですが、スリーピーアイのお優しい風貌とギャップがあるがゆえ尚更に恐れられたということなんですかね。

アクションシーンでは、映像凝り過ぎてよく見えないじゃないかー
バーンと飛んでクルクルって回ってドーンってとこが見せ場なのにまったく見えないじゃないかー
「いっしゅんだぞ。よくみておけ」なのにー
捕えられてからの表情が、可愛いですこと可愛いですこと
‘一枚に割れた腹筋’が見えちゃうーと心配しましたが、なんか少し鍛えられたみたいでしたね。
でもそのあと、瀕死のあぐり先生を支えて屈んでいるとこで、ちょこっと見えたお腹がふっくらしてるようで。
まあ、演技の巧さには関係ないから構いませんですけどね。

出生不明で誕生日すら知らないという孤高。
ジェイソン・ボーンみたいな純真な部分も残し謎に包まれた雰囲気を醸し出すのも絶品なので、哀しき暗殺者がいいですねぇ。
変身させられてなんであんなにおちゃらけたオモシロオカシイ人格になっちゃったのかしら
スピンオフで死神時代を描いてくれたらいいのに。

『母と暮らせば』見ないで、こっち見るという。どうゆうことでしょ私。

殺せんせーが来るまで生徒たちは非常に現実的な世界を生きていた普通の人間。防衛省情報部の、ミッションコントロールセンター?みたいな?あのセットだけは『ワイルド7』並みにとても凝っていて、これも現実的世界の側にあるように見えます。
ただ、暗殺者のイリーナと教師兼研究所員のあぐり先生だけは、妙に現実感に乏しい女性なんですね。
現実を凌駕する脅威も、無邪気すぎてもはやおばさんにはよくワカリマセン
こうなったら意外過ぎて傑作なんじゃね?という究極の設定のざっくり感がウケているんでしょうか

カエデ役の山本舞香さんは初めて拝見しましたが、美人さんですね。二階堂ふみさんに似てません?
菅田将暉さんも、スレンダーな肢体を活かしたアクションシーンはきれいな動きでした。

鬼ちゃん売れっ子ですねぇ私は金ちゃん派ですけど。



映画
by august22moon | 2016-04-14 21:00 | 映画 | Comments(0)

出会った本、映画の感想。日々のこと。


by august22