市民公開講座 「世界の文学と 『世界文学』」 第5回

当日は夕方まで土砂降りの雨でしたが、ほんとうに多くの聴講者が集まりました。
全5回の公開講座、最終回の講師は東大教授でシェイクスピア翻訳家としても知られる河合祥一郎氏。
『シェイクスピアの魅力(その人生哲学)』と題して講演されました。

シラバスはB4のプリント1枚。
他、スクリーンに文章が紹介されて進んでいくんですが、展開が速い(笑)
弱強五歩格(iambic pentameter)の説明も実際に音読。若干感情も込めて。
当然ながらもこのリズムとテンポが素晴らしい。
で、英語でのセリフはテンポが速いので、日本語で演じるより1.5倍は早く終わっちゃうそうで。
なぜ五歩なのかというと、四だと歌うようになってしまうんだそうです。

先生は翻訳にこの弱強だけでなく、押韻(lime)も外さずに翻訳しようとされていて、この翻訳文も紹介されました。
ちょっと書き取ろうとすると、直ぐに次の翻訳文。追い付かない(苦笑)
東大生はこのテンポで勉強してんのかな、ううむ

「Fair is foul, and foul is fair」 「Mine own,and not mine own(夏の夜の夢)」など多用される【oxymoron(撞着語法・矛盾語法)】
「矛盾に満ちている人間らしさ」こそがシェイクスピアの本質であると。
面白いことに、『十二夜』にある「私は私ではない」というヴァイオラのセリフと似た「俺は本当の俺ではない」というセリフが『オセロー』のイアーゴーのセリフにあるそうです。
(両方とも見てるのに。どこだっけ?)
これら矛盾を矛盾のままに表現している。
ハムレットが母親の不貞を詰るのに、父王の亡くなった日数を実際より短く言ってオフィーリアに訂正される場面もありましたね。
「To be and not to be」ならば「現実的で柔軟な喜劇的世界」だが、
「To be or not to be」と一語違うだけで、「四角四面のかっちりとした世界になり、これを追求すると悲劇に至る。」
生か死か、二者択一に自分を追い詰めてしまったわけですね、王子。

【ユマニスム思想(人文主義思想)】
人が最も人間らしいのは恋をしている時。
理性ではなく感性で判断する「おめでたい状態」ですって。

【主観的真実 vs 客観的事実】
「父上が目に見えるようだ」「どこにですか、殿下?」「心の目にだよ、ホレイシオ」。
・・・心の眼で主観的真実が見えてしまうともうそれ以上見えなくなる。
「ハムレット」に取り入れられた哲学的概念には
ヘーゲルの弁証法で提言した概念「アウフヘーベン(止揚)」
パラダイムシフトという発想の転換。
理性VS感性。デカルトの二元論を乗り越えて新次元で認識に達することができる。
観測することで対象に影響を与えてしまう不確定原理、を挙げられました。

「・・・there is nothing either good or bad, but thinking makes it so・・・」
良いも悪いもありはしない。考え方ひとつ
先生曰く、カント的ではなく、フッサール現象学をも取り入れている。
さらに、「遠近法を無視し感じたままに知覚像に忠実に物体そのものの迫力に迫った」セザンヌの画法、ファンタズマ(知覚像)も取り入れられていると。
あの複数の視点からなる額縁の内で盛り上がるような絵画ですね。

そして「All the worl's a stage」「Life's but a walking shadow, a poor player」・・・に表される【世界劇場 theatrum mundi】という捉え方。

「Words, words, words.」、言葉まみれな『ハムレット』の哲学的観点からの分析。
時代性や感性だけではなく練り上げられた知的な企み。
その深さを改めて知らされ、難解ながらも納得いく、たいへん楽しい講義でした。

当然ながら講演形式に慣れてらして、ご自身でプロジェクター操作しつつ、演台を出て話される立ち姿から、最後の質疑応答まで余裕がおありになる。
画像の中には、自著(宣伝です、と先生)まで登場。

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質疑応答では、シェイクスピア劇をよく観劇するという方が、辛辣な差別的表現について。この方はそこに抵抗感があったようなのを感じ取られた先生、「フォルスタッフのことですか?演じた吉田鋼太郎という役者はシェイクスピア劇を長く演じているので、そこを解ってあえて演じているのだと思います」。
ですって。

『ハムレット』以外でお薦めの作品は?に『夏の夜の夢』『マクベス』『リア王』。

英文学を学ぶ上で読むべき作品は?ではジェーン・オースティンを挙げられました。授業で使用することもあるそうです。

『ハムレット』舞台化では野村萬斎さんの自宅の舞台のある稽古場で原作を読みながら、「ここはどうしてこうゆうセリフになるんですか」(と声色を使って)という質問に答えながら、ひとつひとつ分析して翻訳していったという思い出話もされました。
今後は演出もするおつもりなんだそうです。
度々劇場でお見かけしましたが、そうゆう構想のためだったんでしょうか。


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by august22moon | 2013-06-27 23:51 | 出来事 | Comments(0)