2014年 01月 25日
梶田征則監督作 『ミラーを拭く男』 チャンネル銀河放映
サンダンス・NHK国際映像作家賞入賞作。
緒形拳さん演じる皆川勤は定年間近。
T字路を左折する際に自転車を避けようと、慌ててハンドルを切るも正面のカーブミラーに激突。
その傍らに立っていた女の子に軽傷を負わせてしまいます。
改めて現場へ行くとカーブミラーはかなり白濁してほとんど見えない状態。
そのカーブミラーは以前起きた交通事故で亡くなった子供の遺族が賠償金で立てたもの。
遺族を訪ねると、事故で奪われたものは大きく、家族は崩壊してしまったと打ち明けられる。
これをきっかけに、市内のカーブミラーの拭き掃除を始め、遂には全国のカーブミラーを拭く旅に出ます。
日本中のカーブミラーをだなんて、アタマの中には「無理」という言葉が渦巻くのです。
でも『悼む人』ほどに理解不能な行動に映らないのは、
その決心の底に、一歩間違えれば一生かかっても償えない罪を背負ったかもしれない、それは誰にも起こりうるという気付きがあるからで。それに突き動かされたのを明白にしているからで。
旅の途中で走行中の車が脚立を掠めて転倒して、今度は完全に逆の立場となって決心は益々強まる。
病院の屋上から、加害者となってしまった青年の背中を見下ろす眼差しは明らかに同情。
時に達成感を滲ませ時に疲弊し、望まぬ状況に遭って戸惑い、戸惑うけれど拒絶もせず。
持続させることの困難さや、鈍る弱さも表されているからです。
緒形さんのセリフはほとんどなし。
怪我をした子の祖父が乗り込んでくるも、奥さんや娘にまかせて、事故に関してどう受け止めているのか判然とさせない。
うつ症状と診断されるが、果たしてほんとうにそうなのか。
職場に戻ろうとしない夫を説得しようとする妻へも、反応は薄い。
理解してもらおうとも理解されるとも思っていないんですね。
何を考えてるのか判然とさせないため息混じりの惚けた表情は、独特の可笑しみ。
緒形さんの大らかな表情が全編を重苦しさから救っています。
それに、危険な色気のある緒形さんが、ロードバイクを駆ってぐんぐん走る姿は逞しいんですね。
だから、え?もう北海道終了?いやいや終わったんだ終わったに違いないと、見守ってしまうのでした。
「あーどうもー」とか「いやぁ~」とか曖昧な返事しか聞かれないまま(喋らなくてはならない場面は省略)旅は続きまして。
カーブミラーの中には地上5-60センチくらいのところに倍近い大きさのものがあって思わず「でけ」とか、
斜めに傾いているのを直そうとしてビクともしないのでポールを叩いたり、
雪の林道沿いに霜よけなのかアルミのカバーで覆ってあるので、暫くなでてからナンダヨコレとばかりにバンッと叩いたり。
事故が起きなければカーブミラーが立てて貰えないと相談されるや、自分から車に当たろうとミニカーとフィギュアでシュミレーションして怖々試みるさまなど上質なマイム。
先ず洗剤吹きかけタオルで拭きとる。
それから、から拭き用のタオルを両手でミラーに押し当ててからふたつに折って拭く動作は、祈りを込める儀式のようでした。
緒形さんの飄々と味わい深い演技と、その存在感を堪能した作品でした。
ああ、緒形さんの芝居が、もっともっと見たかった。