2014年 04月 03日
クリスティアン・ペツォールト監督作 『東ベルリンから来た女』 wowow放映
公式サイトでは、東西ドイツ統一の9年前80年が舞台となっているようですが、劇中オリンピックのラジオ放送を聴く場面があるくらいで言及されていません。
主人公バルバラが西への移住申請を却下された挙句に左遷された先の田舎というのも、海が近いという設定からバルト海沿岸だろうと推測される等、詳細については表されていない作品です。
総じて余計な説明セリフもなく、推察させる雄弁な映像に引き込まれていきました。
まずキャスティングの成功があって、今作もバルバラ役ニーナ・ホス、アンドレ役ロナルト・ツェアフェルト、秘密警察シュッツ役ライナー・ボックと、いずれも好演です。
特に、バルバラ役のニーナ・ホスの、冷たく固い表情が印象的です。
医師という職業柄もありますが、秘密警察の監視下を西にいる恋人の援助で亡命を計画中で、一見優しそうなアンドレにも報告義務があるため気が緩む時もない。
時折、西に住む恋人ヨルクとの密会の時だけが心安らぐ時間。
それでも遠出したと秘密警察から家宅捜査や身体検査までされる。
森や草原など長閑な風景が広がっているのですが、景色を楽しむでもない。
好意を寄せ始めたアンドレと森の中の道を自転車で走っている時に、美しい季節を感じて表情が緩むのも一瞬。
この国への絶望が常にその大きな瞳に在りました。
アンドレという男にも医療ミスからの左遷と秘密警察協力義務という背景があるのですが、バルバラと彼の医師として人間としての視点の違いを表すのに、レンブラントの「テュルプ博士の解剖学講義」の解釈がありました。
現実的に描写の矛盾を突くバルバラと、芸術的解釈で作品の深部まで鑑賞するアンドレ。
ふたりの生き方の違いを巧く表した場面でした。
みつめる眼差しが優しいんですよね。この俳優さんの顔立ちもありますが。
ラッセル・クロウを甘くした感じ。
治療のお礼に貰った野菜でラタトゥイユいかが?と誘うんですが、「来てくれてありがとう」なんて言うし、ピアノの調律師を手配してあげて楽譜までプレゼントしたり、ひととしてのゆとりや包容力があって、恋人ヨルクとの違いが感じ取れます。
庭のハーブをラタトゥイユ用に切って来たときの微笑みなんてね、この男性の生き方を表す巧い場面でした。
バルバラにしたら、監視するために近付いて探っているようにしか受け取れないんですが。
片やヨルクは、お土産の素っ気ない置き方とか、それがタバコでアクセサリーのように記念に残るものでないところとか、西にいれば君は働かなくて済むなんて言うとか・・・。
まあ状況が状況なので仕方がないのですが。
バルバラはそんな小さなズレも気付くんですが、葛藤は見せない。冷めた目をするだけ。
やはり、仕事を含めた自分の人生を理解し尊重してくれる男性が、心の拠り所となるのは当然。
心は西へ西へと飛んでいるのに、医師としての使命感は失わず患者への慈悲が溢れている。
最後もその使命感を貫くんですが、決意の後の微笑みは、安らぎを得られたとは言い切れない切なさも垣間見られました。
バルバラの乗る自転車の、カラカラと渇いた音が心に残る作品でした。