2015年 02月 06日
リドリー・スコット監督作 『エクソダス 神と王』
『グラデュエーター』と比べても無意味ですが、あの突き刺さるような衝撃が味わえないのは仕方のないことです。
ただ、とにかく映像の圧力は凄かったです。
CG・VFXで今やなんでも出来る時代ですが、俯瞰で見たいきいきと迫るエジプトの街のデザインが素晴らしい。
「十の災い」も壮絶。
私は2Dで見たのですが、3Dだと客席上にまで飛んで来たように見えるのでしょうか。
それはやだわ
王子ふたりが宮殿のスロープを降りてくる勇壮感。
チャリオットが疾走する戦闘場面の迫力。
申し分のない迫力で、リドリー・スコットらしさがさらにパワーアップした感じでした。
予告編の段階では、意外なキャスティングだと思いました。
クリスチャン・ベイルは好きなんですが、ヘブライ人に見えないし。
ジョエル・エドガートンがファラオとは最も意外。
あの口髭や目つきが印象的なので、メイクの効果もありますが今作では見事な変容ぶりです。
しかし彼独特のいかにも情が薄そうで訝しげな横眼づかいは、いかにも彼らしい。
才覚も及ばず、国の大事に暴君として君臨するしかない男の、焦りと嫉妬と惑いが巧く表現されていました。
しかも『グラデュエーター』に於けるルキウスのように救い難い男ではない。
人望も戦闘能力も自分より優れた弟がいる。それが実弟ではなかった。
この苦悩と哀れがよく理解できました。
初めてエドガートンの良さが分かりました次第でございます。
C・ベイルにしても、出生の秘密に狼狽し、全てを抱え悩み、絶望の淵を彷徨い、自らの生きる道を見出し立ちあがって闘うって、もう「C・ベイルの取扱説明書」です。
いまさら白い長衣に白髪白鬚姿のモーゼを見せるわけないのですが(最後の場面では近い風貌になってましたが)、ローマ人に見えるのも気にならなくなってきました。
外見の差異がそのままこの男ふたりの距離。
紅海が割れ回廊が出来たという超常現象を、ラムセス軍がいた崖とごく局地的な大地震による引き波として描写。
あまりにも象徴的なスペクタクル場面をそのままに表現してたら勿体ないですものね。
ラムセスの軍隊が海中に漂い沈んでゆく映像は衝撃的です。
神の使いが少年の姿であるのはモーゼにとっての心象と解釈して、燃える芝の傍らに現れ岩の上に立つ姿など幻想的な描写がとても印象的でした。
で、石版はモーゼが刻む・・・。しかもかの少年と和やかに話し、お茶淹れてもらってと、和解したかのごとく近付いている。
十の災いにしても海の回廊にしても現実的起因によるとしたのですから、石版が降って湧いたようにはしないんですね。
人間ドラマと神の介在、そのバランスはよかったと思いました。
聖櫃と共に砂漠を放浪するモーゼたち群集の中に、神の使いである少年も共に歩んでいるのですが、その姿が群衆の中に消えるのは後世への暗示的で、深く苦い余韻を残しました。
本編終了後の暗転に、「わが弟 トニー・スコットに捧ぐ」の文字。
胸に迫るメッセージでした。