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山本薩夫監督作 『証人の椅子』 wowow放映

65年作品。
昭和28年(1953年)に徳島で起きた殺人事件。所謂「徳島ラジオ商殺人事件」を基に再審支援に名を連ねた開高健氏の小説『片隅の迷路』の映画化。
85年に無罪判決が下された時、支援者のひとりであった瀬戸内寂聴さんの「無実」の文字が、怒りの炎のように見えたのを今でも鮮烈に記憶しています。

原作が発行されたのは66年に冨士さんが仮出所する前、まだ戦いの真っ只中の62年。
ラストは冨士さんにあたる山田洋子が独居房で闘い続ける覚悟の言葉で終わります。
それから32年間という気の遠くなるような長い長い闘争があるわけですが、その闘いが報われる日が来るのかも分からない頃に制作されています。
冤罪告発に映画人も立ち上がったのです。

犯人として冤罪で逮捕され13年の実刑を受けた被害者の内縁の妻・洋子の無実を証明するために奔走する甥・流二(福田豊土)の姿を中心に描かれています。
洋子役には冨士茂子さんの支援者のひとり奈良岡朋子さん。
最初に内部犯行説を説いた山口検事役は新田昌玄氏。
新田氏は徳島出身で、冨士さんの追悼講演会の司会を務めたそうです。

どの冤罪事件の作品でもそうですが見ていてただただ暗澹たる気分にさせられます。
(特にこの事件は、再審請求が冨士さんの存命中に間に合わなかったという事実も含んで)
理不尽と虚偽に怒れば「気の強い女だ」「亭主殺しもさもありなん」と疑惑の目を向けられる。
DNA検査も科学捜査もない時代。
当たり前の現場検証もおざなり。
出世に逸る若い検事の推論だけで事件の真実が形成される恐ろしさ。
この時代特有の演出もあったでしょうが、若い検事山口が持論を展開する時は能面のようなしかし強固な意志と熱意を持った無表情がクローズアップで映されます。
それを聞いている他の検事の中には、冷静にそしてやや訝しげに耳を傾ける者もいる。
そのひとりが大滝秀治氏なんですが、後に自白強要の疑いが報道されると、「大丈夫かね?君。」と冷やかに立ち去る姿に、決して「検察一体」ではない奇々怪々さが見て取れました。
しかも形勢不利とみるや人権擁護局員だけでなく、当の山口検事までが地方に飛ばされてしまう伏魔殿ぶりたるや。

勝手な推測と偏見であることは自明の理なのに、なぜそれが裁判で覆らなかったのか。
まだ「疑わしきは被告の有利に」などという人権擁護の時代ではなく。
強要と暴力でもって罪のないしかも被害者を、強引に犯罪者にしてきた暗黒の時代であったことが、被害者一家のみならず関係者一同の悲劇。
まるで、誰でもいいから早く事件を終わらせたいだけかのよう。

洋子の甥である浜田流二が、一族の中から立ち上がります。
検察に気押されて脂汗を拭うようすは頼りなげですが、帰宅してから心配する竜子(殺された山田徳三の先妻の娘)らには、なにも悪いことはしてないのだから安心しろ検事には適当に交わしておいたと笑顔を向けながら、竜子たちに見えぬように沈鬱な表情となりながら両腕にしっかり幼いわが子を抱きしめていたところに、この男の決意が表れていました。

流二は、重要参考人となったふたりの店員を探して飛びまわり、時には和歌山のダム工事現場にまで向います。
それだけでなく沼津署に犯人と名乗る男が出頭したと聞けば沼津へ飛び、その足で東京の新しい弁護士へ報告に行くなど東奔西走。
悪評から店の経営も危うくなったためか、貨物の荷降ろしの仕事で家計を支えながら。
焦って証言を引き出せば、逆に自白強要をとられるのも警戒してるとはいえ、穏やかなその風貌と笑顔で宥めすかし焦らず説得し懇願する姿に、頑なだったふたりも遂に心を開いていく。
福田豊土氏の人のよさそうな笑顔は、不信感と恐怖と後悔に苛まれ傷ついたふたりを温かく許す包容力がありました。
「ぼくもう転ばんさかい」。
ようやく別人のように晴れ晴れとした笑顔を見せた坂根に、肩の荷が少し降りて「いっちょ、踊るか」と列車内で冗談を言って坂根をさらに笑顔にさせるのも、それからのさらに続く暗黒の日々を知っている側としては、辛いところです。

瀬戸物屋を営んで来た平凡で真面目な男が、一夜の内に殺人事件に巻き込まれた一族の存亡を賭け、「軍隊のような検察」を相手に、徒手空拳で偽証した証人を再び証人の椅子へ導いてゆく、その艱難辛苦の道程を映し取ることで、被害者一族の名誉回復の執念を描いています。

映画
by august22moon | 2015-10-19 22:25 | 映画 | Comments(0)

出会った本、映画の感想。日々のこと。


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