2016年 05月 27日
レニー・エイブラハムソン監督作 『ルーム』
ようやくの地元公開で場内盛況。予想以上に心に残る作品でした。
「The Room」ではなく四角で囲って記号のようにしたのが、この部屋の持つ意味を表しているようです。
被害者にとって、犯人が逮捕されて終わりなのではなく、それから更に長く辛い再生のための生活が始まるのだという観点で作られた作品です。
監禁生活と救出されてからの生活の、描き方のバランスがとてもよかった。
それにしてもあまりにあっさりと、犯人がジャックの死を受け入れたのは意外でした。よかったけど。
利発な子とはいえ、動かないでいられるか、HELPと書いたメモを通りかかった人に渡せるか。緊迫の場面。
初めて見る広く大きい空を愕然と見上げるショットは、ほんとうに印象的です。
トラックの荷台からのジャック目線のカメラワークがよかった。
動体視力が未発達だから走り去る風景も人も捉えられない。
(そんなに荷台から乗り出したらミラーに映っちゃうって!)
母親と犯人以外の人間と接触したことのないジャックが思うように動けないのがもどかしいのですが、この場面は手持ちカメラなのか、ジャックや通行人の目線で撮られ、緊迫感がありました。
せっかく荷台から降りられて通行人に助けを求めたくても、初めて見る他人に近づけない。
(ヘルプが言えない!)
しかしこの通行人の機転が救い。ただ事ではないと察して声をかける勇気のある人だった。しかもジャックが差し出したメモにも気付いた。「その紙はなんだ!?」
(よくメモを差し出せた!えらいぞジャック!)
警察が来るまで、かけてくれたコートの下で縮こまっているジャック。
初めての雨に濡れながら、目の前にはママが教えてくれた「木から落ちた葉っぱ」。あの天窓に貼りついていたのとは形の違う「落ち葉」。それが初めて触れる「ほんものの世界」。
救いとなる人が多く登場するのもこの作品の特徴。そこがとてもいいと思いました。
世界は広くて恐いこともあるし悪いおとなもいるけれど、それ以上に世界は美しく喜びに満ちて、温かく優しい人も多いんだよと、この子供に示しているようでした。
ひとまず署へと言う相棒を制して、子供から少しずつ情報を導き出して、(しかもジャックの記憶力が正確!)監禁場所の地域を特定し直ちに急行させた女性警官。(お手柄!昇進間違いない!)
どれくらい経った頃か、普段通りに声をかけてくれる隣人。
その息子なのか、遊んであげるように言われてなのか、アラン君も遊びに誘ってくれて。
(ボール蹴ったらシューズが飛んでっちゃうのも可愛い)
退院してきた母親に抱きつくその後ろで、ボール持って小首傾げて見ているアラン君をピントぼかしてフレーム内に入れてる演出も細かい。
母親の再婚相手のレオ(トム・マッカムス)も素晴らしい。レオ、いいひとで良かった。
子供の扱いにも慣れている。ジョイと母親の諍いにも口は出さない。
多分、犬が切っ掛けで誘拐されたジョイのために他所へ預けたであろう愛犬も、興味がありそうと知るやこうゆう犬を飼っていると先に情報を与えておいて、頃合いを見計らって連れてきて、「飼ってくれる?」。
なんていいひとなのー
子供は吸収が早く柔軟だと言った医師の言葉どおり、見る側も驚くほどの変化と成長。
階段もスムースに降りられず、狭い空間やクローゼットの中に居たがり、他人とコミュニケーションがとれなかった子が、表情もすっかり明るくなって走り回り、お隣りさんに「ばぁばとパンケーキ作るのー」と大声で言えるようになる。ここはちょっとびっくり。
遂には、おばあちゃんに感謝を込めて「アイラブユー」と言えるまでになったのにはさらにびっくり。
この言葉の、なんと大きいことか。心打たれる感動。
カメラも廊下からの引きで撮って、扉のわくが額縁のよう。名場面でした。
ジョイの自室の壁に、若き日のディカプリオのポスターが貼ってあるんですね。レオのファンだったからジャックと名付けたのかな?
ジョイを演じるブリー・ラーソンも、絶望と子供の成長による安らぎの間で揺れ動く心情が見える、オスカー納得の見事な演技。
父親である犯人に子供の誕生日は教えない。ケーキに気付いて後日買って来たプレゼントに苦々しい思いを隠せない。「犯人は父親ではない。私だけの子供」と母やインタビュアーに答える。子供に罪は無いと心に刻みつけるまでの長く遥かな時間をいかに苦しんだか。
この最も難しい部分を、ラーソンは全身に沁み込ませて表現して説得力をもたせていたと思います。
ジョイは「部屋」の中で、子供が心身ともに健全に暮らせるように細心の注意を払い続けるんですが、それは彼女にとって外の世界をさらに遠いものにしている。きっと何度も脱出を試みたであろう天窓を、呪わしく見上げる疲れ切った表情が巧い。
洗脳もされなければストックホルム症候群にも侵されなかった。恐怖と屈辱の日々の中で必死に自我を支えて闘い抜いた。それなのに、心無い言葉に傷つけられ、子供とは逆に、奪われた日々を取り戻すどころか、あの「部屋」に囚われ、追われ続ける。
そんな母親に向けてジャックは、念が籠っているからと切らせなかった髪を切って、お守りがわりにと贈る。
早く帰ってきてと駄々をこねていた子が、母をその苦しみから救おうとする。
帰りたがっていたあの「部屋」へ、行こうと望む。
彼にとっては生まれ育った場所。習慣だった部屋中のものへの朝の挨拶を、別れの挨拶に変えてなぞっていき、母親にバイバイしてと促す。
(卵の殻は破壊しないと外の世界へは出られない。『デミアン』のように)
ちゃんと男の子に育ってる。
きっとこの先、父親のことを考える日が来ても、彼なら乗り越えていけるだろうと思わせました。
ラストシーンで、この納屋を後にする母子の上に雪が降ってくるんですが、予算不足で人工雪を使えず諦めていたところ、本当に雪が降って来たのだとか。
「誰かが開けてくれるのをドアの前で待つ」ことをせず、自らドアを開け、取り戻すために闘うすべてのひとびとへ、贈られているようでした。