大友啓史監督作 『億男』

d0109373_183355.jpg先週のレディースデーにレイトショーで見たんですが。
独占状態。

なんだか・・・
出てくる人の誰にも、共感も理解も出来ませんでした。

一男は借金だけでなく家庭もあるのだから、使う目的ははっきりしている筈なんですよ。
迷う意味がまず納得いかない。
3億という数字がいけないのかなぁ
アメリカの宝くじみたいに数100億なんていう非現実的な数字ならせめて、一男がどう使っていいか戸惑うのが共感できたかなぁ

家、車、子供の教育費。バレエが好きで習っているんだから、今後もしかしたら海外でバレエを学びたくなるかもしれない。ローザンヌに挑戦したい、とかね、言い出すかもしれない。
自分たちの老後のこともある。
先ずは豪快にばら撒くことを薦められて、拒みもしない。
娘が、欲しいのを我慢していた自転車のことを、真っ先に思い出さなかった。
そんな愚かさというだけでは、出発点も着地も、説得力が弱い気がしました。

既に巨額の売却資産を持っている元・共同経営者の理念や哲学なんて、漠然としてるし。
一見、金の亡者ではないように見える十和子も、資産を銀行に預けず家の中に隠し持っている。
大金に囲まれて生きているわけだから、お金に興味のないという夫も、薄化粧の地味な風貌も、単なるカモフラージュに過ぎない。


唯一、理解できたのは、九十九が友人の金を盗むような人ではないと信じる根拠。
貧富の差による金銭感覚のまるっきり日本とちがう国で表わされた九十九の理念を、揺るぎないものであると、一男は身をもって痛感したのではないかと。

九十九はきっと地の果ての国のなにもない砂漠こそが無垢なもので、自分がこれから歩み出して行くための決意を固めてくれる場所だと思ったんだろうなと。
ロレンスが感じたような「清潔な」砂漠に立つことが必要だったんだろうとね。

モロッコの場面は、画としては、とても力のあるものでした。
ラクダに乗って砂山の稜線を行く画なんて、まさに絵になっていて、美しかったです。

九十九は吃音症という設定ですが、高橋一生さんがとても自然で、この男の背景を滲み出させることに成功していました。
『民王』でもそうでしたが、英語の発音がお上手。

豪遊させてお金を粗末に扱わせて持ち去る作戦の意図は、ちょっとよくわかんないですけど。
電車の窓越しに九十九は、ほらあれだよとばかりにちょっと悲し気に微笑みながら一男に送るんです。
「また夢になるといけない」

『芝浜』、強し。



映画
by august22moon | 2018-11-05 23:00 | 映画 | Comments(0)