2019年 06月 21日
クレイグ・ガレスピー監督作 『アイ,トーニャ』 wowow放映
排除させて勝ってどこが嬉しいんだと。なにがそこまで彼女を追い詰めたのかと疑問ばかりが残りました。
主演のマーゴット・ロビーが製作も兼ねる今作の冒頭で、真実か否かは見る側に委ねると断りが出ているだけあって、トーニャ側の証言だけでストーリーは進んでいきます。
本人の証言はともかく、実行犯依頼者の証言で真実はどうなのかもう充分って感じです。
製作側が描きたかったのは、アスリートらしからぬ背景なのかな。
実年齢差以上にトーニャ本人はマーゴット・ロビーより若々しく、普通の女の子という風貌なので、まったく似ていないし似せてもいないので、ちょっとあの粗野な生活が実話に見えない。
それほど酷い環境すぎて唖然。
日本人選手で紹介されるのは、早朝練習に自ら運転して子供を送り迎えし、ダブルワークや少しでも賃金の高い力仕事までして高額になる練習費用を捻出するご両親の苦労ばかり。
家の中で練習環境を作り厳しく育てるかたもいますが、あくまで強くするため。
女性アスリートの全てが、純粋にスポーツだけに取り組んで、汗と涙の青春を送ったひとばかりではないでしょうけれど。
トーニャも練習は頑張ったんでしょうけれど、しかしブレードでタバコを踏み消すのは、論外。
真摯さがあったとしても、台無し。
唯一の救いは、コーチが彼女の才能を認めてきちんと育てようとしてくれていたこと。
バイト先にまで来て再起を呼び掛けて。決して見捨てなかった。
当時の芸術点という表現力に於いての差が、トーニャを悩ませるひとつに挙げられています。
なぜ採点が低いのか審判に詰め寄って返ってきた答えが「芸術点」。
「芸術といわれるスパイラル」のミッシェル・クアン選手。ドラマチックなアシュリー・ワグナー選手。女優の演技を見せられているような優美なネドベージェワ選手。
ジャンプも重要だけれどその技術だけでは評価されない。数少ないアーティストとしての技量も問われる競技。
それを受けて、ピンクの衣装にする単純なところが、彼女の理解の浅さでもある。
ふたりの差はそんな衣装にも表れていて、それがふたりをより対象的に見せています。
ナンシー・ケリガンはヴェラ・ウォンデザインの現代にも通じる洗練された衣装。
トーニャは重そうなほどラインストーンがふんだんに付いて今も時折ロシア辺りで見られる装飾過多ですが、それはまだ華奢な若い選手だから。
トーニャはそれを部屋で自分で縫い付けているところが、彼女の選手としての環境を表しています。
全体的にシニカルな仕上がりなんですが、肝心のリレハンメル五輪での登場前の場面は、印象的。
靴紐のトラブルはどんな状況だったのか。
現在のようにいろんな海外大会のようすが見られない時代でしたので、初めてふたりの氷上対決と期待していたのに、肝心の本番にあんなことになるとは。
奇妙な事件に相応しい、妙な結末。
マーゴット・ロビーはかなり訓練したようでスケーティングも頑張っているのですが、この時の焦るようすが巧かった。
初めて「トーニャ」に同情しました。
かつて、さまざまな挫折を乗り越えて復帰した女子テニス選手が、復帰劇を書こうとするジャーナリストに「出版するなら自分で書く。誰にも自分を語らせない。」と答えていて、それはいかに辛い闘いだったか分からせるに充分な言葉でしたけれど。
トーニャというひとはこうして自分を描かれることは、正当化されることと解釈して大歓迎だったのだろうなと感じる作品でした。
同じフィギュアでは、スルヤ・ボナリー選手もとても印象的でしたから、映像化されそう。